【前編】短命に終わらないサステナブルブランドとはニールズヤード日本展開40年の歩みが示すもの―体験を通してブランドの精神を根づかせた40年―

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「サステナブル」や「エシカル」という言葉が現在ほど浸透していなかった1980年代から、自然と調和したライフスタイルを提案してきたブランドがあります。

アロマセラピー・ハーブ・自然療法の知恵をもとにした、英国ロンドン発祥のスキンケアとライフスタイル製品を展開するオーガニックブランド「ニールズヤード レメディーズ」です。

1981年にコヴェントガーデンで誕生して以来、象徴的なブルーガラスのボトルと確かな処方で世界的に支持を集めてきたニールズヤード レメディーズは、1985年に日本に上陸しました(英国のニールズヤードと日本のニールズヤードとの資本・経営のつながりはなく、完全な別会社)。ブランドがもつ価値観を大切にしながら、日本で独自の取り組みを推進し、支持され続けてきた40年間の歩みとその哲学について、同社PRの青木浩子さんから話を伺いました。

ニールズヤード レメディーズPRの青木浩子さん

“未来に必要なもの”への挑戦

ニールズヤード レメディーズ(以下、ニールズヤード)が日本に上陸した1985年頃の日本は、好景気で派手な消費や華やかな製品がもてはやされていた時代。サステナブル、オーガニック、ウェルビーイングという価値観もほとんどの人が知らない状況でした。そんな中、無名の小さな英国ブランドを、信念をもって上陸させたのが、現在もニールズヤードの代表を務める梶原建二氏です。

「梶原はよく、『儲けだけを求めるなら、別の事業を選んでいた。日本にまだないものを広めていく方が面白いだろうし、何より“自然のものを取り入れるのが健康への近道”というブランドの考え方が、未来に必要な価値観だと思ったから日本でニールズヤードを始めた』と言っています。

ニールズヤードは創業当初から、アロマセラピーや自然療法にもとづいた製品を、リサイクル可能な遮光のブルーガラスボトルで販売してきました。徹底した環境対策、サステナブルな製品づくりにも業界を先立って取り組み、化粧品ブランドとして初めてソイルアソシエーション(世界で最も厳格なオーガニック認証のひとつ)を取得しています。現在も様々な角度から自然との共生を実践しています」と青木さんは語ります。

1981年、ロンドン中心部コヴェントガーデンの一角にわずか2坪ほどの小さなお店「ナチュラル アポセカリー(自然療法薬局)」として誕生したニールズヤード レメディーズ。

製品も経営もサステナブルでオーガニックであるために

ニールズヤードの「儲けだけを目的にしない」という考え方は、経営姿勢にも表れています。

数字を追うことよりも大切なことは、社員がブランドの精神を理解し、実践すること。そのため、同社では、売上ノルマを社員に課すようなことはありません。

「『むやみに数字だけを追求すると、お客様が本当に求めているものやブランドが届けたいものから離れてしまう可能性がある』と梶原はよく言います。ブランドの精神を理解し、それに基づいて接客することが何よりも大切だと。また、当社では働く従業員自身が幸せであることも重視しています。お客様にはニールズヤードの製品を使うことで、より豊かで深い気づきのある、幸せな毎日を送っていただきたい。そのためには、製品を届ける従業員たちが幸せであることが欠かせないのです」。(青木さん)

従業員の幸せを守るためにニールズヤードがこだわっているのが、安定経営です。それは、会社が不安定だと働く人々が不安になり、お客様に幸せになってもらうような接客ができないから。無理な数値目標を積み上げて急成長を目指すのではなく、自然な成熟を積み重ねることで、製品のみならず経営でもサステナブルでオーガニックなあり方を40年間実践してきました。

ニールズヤードの表参道本店は100%再生可能エネルギーを使用した複合施設。

体験を通じて価値観を根づかせる

日本ならではの“複合的ブランド体験”

ニールズヤード の大きな特徴のひとつが、「体験を通じて価値を伝える」という姿勢です。

日本では、表参道の本店をはじめとする直営ショップ、アロマやハーブなどについて学べるスクール、ニールズヤード製品を使ったトリートメントが受けられるサロン、そしてヴィーガンの和食レストラン「ブラウンライス」を展開し、多層的な体験の場をつくってきました。

ブラウンライスのような食の場を設けているのは、世界のニールズヤードの中でも日本だけ。表参道駅からすぐの好立地で、おいしさやオーガニック、和食にこだわり、手間暇を惜しまないヴィーガンレストランを経営的に成り立たせていくことは簡単ではありませんでした。しかし、「食を通じてブランドの価値観を伝える場」として試行錯誤を重ねることで、いまでは老若男女、世界のセレブリティにまで愛される人気店になっています。

ニールズヤード表参道本店の隣に位置するブラウンライス

ブランドの価値観に共感し、ライフスタイルとして実践してほしいからこそ、ニールズヤードではお客様にブランドを体験してもらうことを大切にしています。製品、学び、食のどの入り口から入っても、同じ世界観・価値観を味わい、日常に持ち帰ることができる――。製品のパッケージだけでなく、空間や時間の過ごし方にまでブランドのメッセージが広がっています。

「創業当時からニールズヤードは、オーガニックなライフスタイル、いまでいえばウェルビーイングな暮らしを日本に根づかせたいと思っており、当時は多くの方にとって未体験なものだからこそ、多角的な体験の場が必要だと梶原は考えました。

ニールズヤードではブランドを体験してもらうことを現在も大切にしています。製品でブランドに触れてもらい、より深く知りたくなったらスクールで知識を深めていただく。あるいは、セラピストに行ってもらうトリートメントが入り口になって製品や食に興味をもってもらうのでもいい。ブラウンライスでヴィーガン和食のおいしさに開眼し、そこからニールズヤードに関心を持ってもらうこともできます。いろいろな体験切り口からブランドに触れ、興味を持ったらいくらでも深めていける。その奥行きもニールズヤードの魅力だと思います」(青木さん)。

体験の場では、オーガニックやエシカルの知識をひけらかし「これは良くない」「これは避けるべき」という不安をあおるようなコミュニケーションは行わず、「こういう選択肢もありますよ」という提案を行ってきました。安心や楽しさ、心地よさを伝えるコミュニケーションも、ニールズヤードが支持され続ける理由でしょう。

追い風も逆風も、ブランドの成熟につなげていく

40年の間、経営が常に順調だったわけではありません。バブル崩壊、リーマンショック、震災、コロナなど、日本の社会や経済に大きな打撃を与える出来事のあおりを受けることもあれば、アロマブームやオーガニックの認知の広まり、サステナビリティやウェルビーイングへの関心の高まりなど、追い風となる動きもありました。

「日本上陸当初は、スクールがブランドを支えていました。その後、ブランドが認知されるにつれて、ショップでの製品販売が売り上げを伸ばしていきました。コロナ禍ではショップ、レストラン、スクールともに一時休止せざるを得ない状況となりましたが、人々の不安を和らげたり気持ちを落ち着かせるような香りのアイテムや、肌にやさしい衛生製品を中心にECが大きく売り上げを伸ばしたり、スクールでのオンライン講座をスタートするなどして、会社を支えました。さまざまな事業運営が時代の潮流の中でその時々に適した役割を果たし、ブランドの成長や維持に貢献してきました」。(青木さん)

コロナ禍ではハーバルハンドフレッシュナーなどが人気に。様々な制限の中で一時的にブルーボトル以外のボトルで製品を販売したこともあったそう。

ただやみくもに数字を追い、急激な右肩上がりを目指すのではなく、ブランドの精神を大切にし、その浸透と働く人が幸せであることを目指して安定経営を続けてきたニールズヤード。前半ではブランドの軸となる考え方と日本ならではの体験設計について紹介しました。後編では、その精神がどのように製品づくりや運営の細部に生かされているのかを掘り下げていきます。(後編はこちら

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WRITERこの記事を書いた人

Chisa MIZUNO
Chisa MIZUNO

エネルギー企業でのマーケティングを経て、サステナビリティ分野の出版社にてプランニング、編集、広告制作、ライティングに幅広く携わる。
現在はウェルネス・ビューティー・インテリア領域を中心に、ブランドコンセプトの開発やPR、コンテンツ制作を手がけ、環境や社会にやさしいブランドの魅力の発信を支援している。
全国通訳案内士資格保有。