都心から車でわずか1時間半ほど。東京都でありながら、村の面積の約9割を森が占める檜原村(ひのはらむら)。その森の約6割は、かつて人の手によって植えられた人工林です。*1
生物多様性やサステナビリティが叫ばれる昨今、「森を守ろう」という言葉は頻繁に耳にしますが、実際の林業の現場で何が起きているのかをリアルに想像できる人はどれくらいいるでしょうか。
今回私たちは、檜原村を拠点にこれまでの「丸太を売るだけの林業」からの脱却を図り、森林全体としての価値を上げることと、都市と森をつなぐ新しい価値創造(CSV)に挑もうとしている株式会社東京チェンソーズの現場を訪ねました。
本レポートでは、吉田 尚樹さん(株式会社東京チェンソーズ 執行役員)と戸田 光貴さん(同社 木材コーディネーター)にお話を伺う中で見えてきた、東京・檜原村にある森のリアルをお届けします。
光が差し込む「健全な森」を目指して
東京チェンソーズがこの森を購入したのは12年前のこと。彼らが目指しているのは、スギやヒノキといった「針葉樹」と、ナラなどの「広葉樹」が共存する健全な山づくりです。
同社代表の青木 亮輔さんが元々働かれていた地元の森林組合から独立し、創業。檜原村の森を拠点に、補助金のみに頼らない、木を売って成り立つ真っ当な林業がしたい、そんな想いを描いたのがきっかけでした。

左から戸田さん、吉田さん、YUIDEAメンバー
「密集した人工林でも、適切に間伐(間引き)を行って地面に『光』を届けてあげると、地熱が上がるんです。すると、土の中に眠っていた種や、鳥や小動物が運んできた無数の種が一斉に発芽して、多種多様な植物が生え始めます」(吉田さん)
林野庁では、健全な森とは、光が十分に届いて多様な植物や生き物が育ち、豊かな土壌が雨水を蓄えて災害を防ぐ、バランスの取れた森林のことと定義しています。*2
健全な森林は、下草や低木等の植生や落葉落枝等により表土が覆われており、雨水等による土壌の浸食や流出を防ぐほか、雨水を吸収し一時的に蓄え、それを徐々に河川へ送り出すことにより洪水を緩和したり、水質を浄化するなどの働きをしているといいます。
机上の空論では語れない、日本の山林が抱えるリアル
しかし、現場を歩きながら見えてきたのは、決して美しいだけの自然ではありませんでした。
現在日本の人工林の多くは、1950年代後半からの国策「拡大造林」で一斉に植えられたものです。高度経済成長期に木材需要が急増したものの、当時はまだ木が育ちきっておらず、それを補うため1960年代前半から木材輸入が本格化しました。その結果、輸入材に依存するサプライチェーンが構築され、日本の林業は長らく苦しい状況に置かれることになりました。*3

その当時植えられた木が成長し、使われどきを迎えた今日でも、日本の林業は深刻な「負の連鎖」に直面しています。
安価な輸入材との競争等で木材価格が低迷し、採算が合わず担い手不足が加速。その結果、適切な間伐が行われないまま放置され、光が届かなくなった人工林では下層植生が育たず、土砂災害リスクが高まるなど森の健全性が大きく損なわれています。
さらに大きな構造的課題が「コストと収入の逆転」です。
木を伐採して得られる販売収入よりも、次に苗木を植え、雑草を刈るなどの「造林初期費用」の方が大幅に上回ってしまいます。赤字状態が続く中、木材の売却益だけで森の持続可能な循環を成り立たせるのは、非常に困難になっているのが現実です。*3
「モノ」から「体験」へ。森を開き、人を呼び込む
そうした厳しい状況下で、東京チェンソーズは木の様々な部位を活かし、それぞれに手を加えていくことで各部位の価値を高め、最終的な取引価格を上げることを目指した「1本まるごと販売」という取組を行っています。

すでに異業種との協業にて、商品ディスプレイへの活用など、新しい木材の価値創造も生まれています。
また、「木を売る」以外の新しいアプローチも模索しながら、次々と展開しています。まずは人々に森に興味を持ってもらうことが大事だと考え、森を「人がアクセスしやすく、気軽に活動できる空間」へと転換するために、森の整備を行っています。

右)蒸留所の様子。アロマ製油を抽出した後のチップの活用方法については、現在模索中だという。
未利用資源の活用として、スギやヒノキのチップからアロマ精油を抽出する事業もそのひとつ。
薪を使って火をおこし、山の沢の水で冷やして分離させるシンプルな蒸留システムですが、10kgのヒノキチップから取れるオイルはわずか70〜80ml(1%弱)。気温や湿度によって採れる量が変わるといいます。
しかし、彼らが大切にしているのはアロマという「モノ」を量産することではなく、そこに至る「体験価値」の提供です。実際に都市部の企業の人々に森へ足を運んでもらい、伐採を見学し、自ら香りを抽出してもらうツアーなども実施しています。
そのほか、「森もつくる企業研修」と冠した企業研修の受け入れや、都市部に森のめぐみを届ける出張型ワークショップ「森デリバリー」の開催など、都市と森をつなぐたくさんの接点を生み出しています。
現場を歩いたSOLVERメンバーの気づき
- 漁業や農業と同様に、林業でも生き残りをかけたビジネス変革に挑む人たちがいるのだと改めて気づかされました。
流通や仕組みのせいにしたくなる状況で、「自分たちで仕組みを考える必要がある」と言い切るお二人の姿勢には、圧倒的な当事者意識と一次産業と文化を背負う覚悟が見えました。森を訪れることは、単に自然を知るだけでなく、自分自身の仕事への向き合い方を省みるきっかけにもなる、そう強く実感させられる体験でした。(Tsugumi SHIMOMURA) - 自身がこれまで森にあまり馴染みがなかったため、現場をどこか遠い場所のように感じていました。
しかし今回、吉田さんや戸田さんが初心者でも分かるように、色々な角度でお話してくださったため、とても身近に感じることができました。実際に足を運んだからこそ知ることができた森の現状と、それを生み出した社会システムとのつながりは非常に興味深く、「この現状をもっと多くの人に知ってもらいたい」と思いました。(Manami GOTO) - 地方出身の私にはまず、東京都に森があるという事実が意外でした。
しかし今回お話を伺い、長い年月を掛けて育った木が、少額で取引されていることにさらに驚きました。森や木の価値、そこで働く方々の尊さについて私ももっと勉強したいと感じましたし、その価値を現代社会に通訳する一助になれたらと思いました。檜原村は都心から1~2時間で行けてしまう場所にあるので、機会があれば今後も何かとお邪魔し、自分自身も森との繋がりをもっと身近にできたらと思います。(Tomomi HIRAISHI)
机上の空論を捨て、大きな循環を描く

大切なのは、多摩川流域をはじめとする「流域全体」を一繋ぎの生活圏・経済圏として捉え直すことです。
都市部の人々を森に呼び込み、お金と人を森へと循環させる。東京チェンソーズの取り組みは、そんなこれからの時代に求められる「大きな循環」のデザインそのものでした。
CSRからCSVが求められる時代。
一過性の取組やボランティアだけではなく、これから長く付き合い、共創する事業に落とし込む方法を一緒に考えませんか。