私たちは森林とどう向き合うべきか? 「SMBCの森」から見える可能性
株式会社三井住友フィナンシャルグループ(以下、SMBCグループ)は2024年5月、神奈川県伊勢原市に220haの森林を取得した。金融機関であるSMBCグループは、なぜ森林を取得するに至ったのか。そしてまた、森林を通じて何を実現したいのか。
本記事では、「サステナブル・ブランド国際会議2025」の開催に合わせ3/18〜19に催された無料オープンセミナーのうち、『森から考えるネイチャーポジティブアクション』と題して開かれたトークセッションの様子を紹介。株式会社日本総合研究所 長谷 直子氏をファシリテーターに迎え、SMBCグループの取り組み事例とともに、現在の日本の森林が抱えている問題は何か?その問題の解消とネイチャーポジティブの実現のためには何ができるのか?という視点で繰り広げられた、登壇者たちによる対話をレポートしたい。
▍登壇者
塩塚 真吾氏/株式会社かたばみ 緑化造園本部 山林部 次長兼課長
三柴 ちさと氏/特定非営利活動法人 日本森林管理協議会(FSCジャパン)指針・規格部 指針・規格マネージャー
進藤 晃氏/株式会社三井住友銀行 管理部 開発グループ グループ長
松岡 哲也氏/株式会社三井住友フィナンシャルグループ 社会的価値創造推進部 副部長
長谷 直子氏(ファシリテーター)/株式会社日本総合研究所 創発戦略センター インキュベーションプロデューサー
自然をうまく活用しつつ、守っていく
SMBCグループのアクション
「SMBCの森」があるのは、神奈川県の伊勢原市日向地区、大山の一角。都心から一時間ほどの距離でありながら県の鳥獣保護区や「水源の森林」に指定されている区域を含み、豊かな生態系と水資源を持つ森林として市街化調整区域に指定されている場所だ。かつては伊勢原市のキャンプ場だったというその森林は、登山道も整備されていることで登山客やバードウォッチャーなどが訪れることも多い。三井住友銀行 管理部の進藤氏によると、同社がこの森林を通じて取り組むのは「森林由来のJ-クレジットの創出」「生物多様性の維持」「環境教育サイトの設置」「森林業の活性化」の4つ。森林自体のCO2吸収によるクレジット創出を図るほか、OECMや30by30アライアンス(*)への登録を進めることでの生物多様性維持への貢献、間伐材を自社の建物や什器に活用することでの森林業活性化への貢献などにも積極的だ。さらに同森林の一部は環境教育サイトとしても利用されている。地球46億年の歴史を460mの道のりで体験できる「地球の道」や、目隠し・裸足で歩くことで日頃とは異なる感覚で自然を感じる「裸足の道」など、設備のユニークさも特徴的だ。
(*)OECM:保護地域以外で生物多様性保全に資する地域
30by30アライアンス:30by30(2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする目標)達成のための有志の企業・自治体・団体によるアライアンス
<cap>左:進藤氏(株式会社三井住友銀行 管理部 開発グループ グループ長)、右:松岡氏(株式会社三井住友フィナンシャルグループ 社会的価値創造推進部 副部長)
金融機関であるSMBCグループがなぜ森林を取得し、このような取り組みをしているのか。その背景について、三井住友フィナンシャルグループ 社会的価値創造推進部の松岡氏は「環境や人権、貧困格差などの社会課題の拡大・深刻化」「企業の価値・評価に対する物差しの変化」の二つを挙げ、企業として、経済的価値のみならず、社会的価値の創造に一層注力をしていく方針を掲げたことを語る。
松岡氏はまた「森林に対する“理解のしかた”は変わってきている。何かを義務化して“守らなければ”ということではなく、企業自らが、自然をうまく活用しつつ守っていくことが必要」「経済の血液とも言われる金融機関は、様々なお客様と深く関わる。その中で、我々がステークホルダーの一つとして様々な企業と対話し、エンゲージメントしていきたい」とも語る。
<cap>SMBCグループが社会的価値創造に向け設定した5つの重点課題と10のゴール。このうちの一つが「環境」で、森林を通じたアクションは主にこの部分の取り組みとなる(画像:松岡氏資料より)
注目が集まりはじめた森林、「誰」のもの?
社会課題をどのように捉え、どのように向き合うか?その在り方は今や、企業自体の評価を左右する時代になっている。SMBCグループが社会的価値の創造を、経済的価値の創出と同等の重要性だとしていることを踏まえると、森林の取得を通じて各種の取り組みを行っていることも非常に納得だ。一方で、森林自体が抱えている問題や状況はどのようなものなのか。その実態を語ったのは、特定非営利活動法人 日本森林管理協議会(以下、FSCジャパン)の三柴氏と、株式会社かたばみ(以下、かたばみ)の塩塚氏だ。
● どんな業界も、森林と無関係ではいられない
世界的な森林認証機関であるFSCの日本組織において、国内規格の策定やFSC認証のルールに関する部分を担う三柴氏からは、森林を取り巻く社会情勢や法的な動きがグローバルな視点で状況が語られた。三柴氏によると、森林破壊の問題は20世紀半ばから続いているものだが、森林が語られるコンテクストは大きく変化しているという。「気候変動の緩和、生物多様性の保全というグローバルミッションにおいて、森林保全は最重要課題の一つ。経済もそこに向かって回り始めており、森林とは関連性がなかったセクターも自然資本に取り組もうという動きが強まっている」と、同氏は語る。
近年の世界的な動きでは特に、EUDR(欧州森林破壊防止規則)のもたらした影響は大きい。森林破壊からもたらされる製品や森林破壊に結びつく製品が、ヨーロッパ市場に上梓されることを一切禁ずるこの法律では、証明のための厳しいトレーサビリティが必要となる。森林破壊に関連する製品は全てが対象になるため、木材や紙のほか、ゴム・カカオ・パーム油などに関わる業界も、トレーサビリティの確保に追われている。
一方日本国内では、EUDRの影響は比較的小さいものの影響は受けており、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)開示の動きなども進んでいる。今後この流れは主流になってくるだろうという三柴氏は、「事業がどのように自然に依存しているのかを、その自然基盤の持続を目的に開示すること。これは以前であれば“あったらイメージアップする”という類のものだったのが、今や“なければ信用されない”ものになっていると、肌で感じる。森林がメインストリーム化してきたようだ」と、その変化を語った。
● 森林は誰のもの?
日本の森林の新たな価値が見出される転換期
塩塚氏は「(SMBCグループのような)企業が、森林の新たな価値創出のモデルとなる流れを作れないか」と考えているのだという。木材生産のほか、環境教育などの森林環境サービス、カーボンオフセットやバイオマス発電など、山の価値を最大化させるような提案を通じ、都会(企業)と地方(森林)を繋げていこうと取り組む同氏は「(森林の)公共的な役割と私的な役割をどう繋ぎ、維持するか?という議論は、まだまだ成熟していない。『SMBCの森』がそういった視点での実験の場、発信の場であってもらえたら嬉しい。かたばみとしても様々なお手伝いができれば」と語った。
また三柴氏曰く、世界的な動きに合わせFSCも従来の森林や林産物の価値の評価・認証に加え、森林の持つ多面的な機能を評価するサービスを拡充しているのだという。そしてこれらのサービスは、森林の新たな機能の評価を通じ、森林管理者に経済的な価値を還元させていけるような取り組みとのことだ。
<cap>SMBCの森での今後の取り組みについて語る進藤氏
持続可能な未来のため重要度が高まる森林と、選ばれ続け成長を続けるため社会的価値の創造が不可欠となりつつある企業。この動きの中で生まれる新たな利潤を、森林を所有・管理する場に還元させていくことで、新しい循環が築かれる。これからの森林が持つそんな可能性が示唆される対話には、希望が感じられる。
この「SMBCの森」は、取得に際しては行政との交渉をはじめ、地権者や周辺地域住民との対話にも真摯な対応と長い時間が必要だったという。地域の歴史や文化・精神と密接につながる山林を企業が取得すること、活用することは決して容易なものではなく、様々な側面での持続可能性を踏まえたものであるべきだろう。しかしそれでも今は、日本の森林の新たな価値が見出される転換期と言えるのかもしれない。進藤氏は、今後も様々な面での新たな取り組みを広げていきたい、と「SMBCの森」を通じた活動に希望を見せる。日本の森林がその「公共的な価値」を高めていくだけにとどまらず、「(私的財産としての)経済的な価値」をどう取り戻していけるのか。そのヒントが得られる場として、「SMBCの森」の取り組みには今後も注目が集まりそうだ。
<参考ページ>
● 30by30|環境省
■執筆:contributing writer Ryoko Hanaoka