生物多様性の実現、「楽しさ」が鍵になる?
3/18〜19。東京・丸の内にサステナビリティ領域のグローバルリーダーが集い「サステナブル・ブランド国際会議2025」が開催された。会期中には10の無料オープンセミナーも催されたが、今回はこのうち「企業とメディアと考える『生物多様性』がつくる未来」と題して催されたトークセッションを取材した。
海洋・陸地の生態系、気候変動など、SDGsのゴールの多くと密接に関連する「生物多様性」。この問題に、私たちは日常の中でどのように向き合うことができるのか?
ファシリテートするのは、雑誌「FRaU」の編集長兼プロデューサー 関 龍彦氏だ。2018年、日本の女性誌として初めて1冊まるごとSDGs特集を刊行したことで知られる同誌では、昨年の本国際会議からサステナブル・ブランド ジャパンと協力した特別号も刊行しており、SDGsのリーディングマガジンとして各界の信頼が厚い雑誌だ。FRaUを牽引する関氏の司会により、企業・メディア・研究と立場を異にする3名の登壇者はどんなことを語り合ったのか?本記事ではこのセッションの様子をご紹介したい。
<cap>「FRaU」は2018年以降、SDGs関連を精力的に特集している(左上は2024年8月号)。サステナブル・ブランド国際会議にあわせて刊行している特別号は「FRaU S -TRIP 丸の内」(左下・右)
▍登壇者
小杉 祐美子氏/株式会社博報堂DYメディアパートナーズ
コンテンツ クリエイティブ局
コミュニケーションデザイナー
関口 友則氏/東京大学グローバル・コモンズ・センター
共同研究員
松本 恵氏/東急不動産ホールディングス株式会社
グループサステナビリティ推進部
部長
関 龍彦氏/株式会社講談社
FRaU編集部
FRaU編集長兼プロデューサー(ファシリテーター)
改めて整理したい「生物多様性」「ネイチャーポジティブ」
● 社会も経済も、すべての土台は生物多様性
そもそも「生物多様性」とは何を指し、なぜ必要なのか。議論に先立ち前提を整理したのは、食料システム転換に向けたバリューチェーンのあり方を研究する関口氏だ。同氏によるとそもそも「自然」は、大気や陸・海などの非生物圏と、その他の生物圏にわけられるという。そしてこの生物圏に存在するあらゆる遺伝子・種・生態系が、直接あるいは間接的に関わり合うことで、生物が存続していられること。それが「生物多様性」なのだそうだ。よく知られるSDGsウエディングケーキモデル(下図)にもあるように、この生物多様性をベースにした「自然」から食糧や資源を得ることで、私たち人間の社会的・経済的な営みは成り立っている。つまり私たち人間が安定した暮らしを送るために欠かすことのできない最も重要な基盤が、生物多様性なのである。
<cap>土台となる生物圏のバランスが損なわれると、社会も経済も安定は保てないことがわかる。(画像出典:農林水産省ページ)
● 自然貢献する企業が「評価」される社会へ
また「ネイチャーポジティブ」とは、生物絶滅の加速などでネガティブ状態にある自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、ポジティブな状態に反転させること。日本も2024年3月に「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を発表し、自然を保全する経済に移行する方針を示しているが、これは単純な自然回帰や経済活動の失速を意味することではなく、今の経済の仕組みの中での成立を目指すものだと関口氏は語る。企業の自然への貢献を最大化させること。そしてまた、消費者や市場がそのような企業を評価すること。そんな社会・経済の実現を目指すのが、この戦略というわけだ。経営の中心は「GREEN」
東急不動産ホールディングスの取り組み
では経営を通じた自然貢献が期待されている企業たちは、具体的にどのような取り組みを行っているのだろう。今回その一事例として自社の取り組みを語ったのが、東急不動産ホールディングス株式会社(以下、東急不動産HD)の松本氏だ。● 「建物緑化」2012年からいち早く
東急不動産HDは「WE ARE GREEN」をスローガンに、経営の中心に「GREEN」を取り込むことを精力的に進め、ファイナンスについても2030年にESG投資7割を実現すべく、徐々に切り替えを行っているのだという。まさにネイチャーポジティブ経営の先端をいく企業の一つと言えそうだが、実は同社は2010年に参加したCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)をきっかけに生物多様性の重要性を感じ、以降、建物緑化に注力してきたのだと松本氏は語る。2012年頃からの取り組みということで、まだ日本でサステナビリティやSDGsが声高に叫ばれる以前のことだ。渋谷エリアを例にとると、緑化の取り組みにより生物多様性にもポジティブな変化が見られるほか、都市部の気温上昇の低減にもつながっている。さらに緑化スペースは、小学生の体験学習の場としての活用や、無料コンセントの設置で休憩場所としての活用を図るなど、地域社会への貢献も実現させているのだそうだ。
● 実行だけでなく、伝えることも
加えて同社はそれを「伝える」点においても注力しており、投資家向けには2023年からTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)レポートによる情報開示を、一般の生活者にはテレビCMや新聞広告などを用いて認知機会を広げている。最近では「いきもの東急不動産」と銘打ち、建物緑化をベースにした生物多様性の取り組みをユニークに伝える取り組みもしているとのことだ。<cap>鳥が営巣できる環境作りの取り組みは、巣箱の間取りとともに(鳥の)入居者募集広告として伝える。(画像出典:東急不動産ホールディングス「いきもの東急不動産」ページより)
こうした一連の取り組みは企業としてのブランディングにもなり、顧客や投資家など自社を取り巻くあらゆるステークホルダーとのエンゲージメントを高めることに繋がり、結果的にビジネスとしても良い循環に繋がっている。
サステナ疲れの生活者に「楽しさ」を
● 環境について「考え、行動している」の回答、過去最低に
一方、生物多様性に対する課題と仮説を提起したのが、株式会社博報堂DYメディアパートナーズの小杉氏だ。博報堂生活総合研究所の「生活定点」の調べによると、環境意識と環境行動について「考えてもいないし、実行もしていない」と回答した人の割合は、2024年に52%超となり、反対に「考えているし、実行している」が29.8%で過去最低を記録したという。ファシリテーターの関氏は「FRaUが初めてSDGsを特集した頃はまだ認知度が低かった。認知度の高まった中でこの数値というのは、なかなかショックな事実」と驚き、会場が生活者の「サステナ疲れ」を数値として目の当たりにする中、松本氏、関口氏もそれぞれ次のように課題感を話す。
企業は必要に駆られていることもあり、意識も行動も変容しているように感じます。一方で、生活者との乖離は広がっている感覚があります。行動しても一人ひとりのインパクトは小さく、結果につながるまでの時間は長いものなので、意味がないのでは?という気持ちになりやすいのではないでしょうか。(松本氏)
具体的にどんなアクションをすればいいのかが見えにくいことも、原因のひとつかも知れません。大きな課題だけを小難しく伝えられても、なかなかアクションはしにくいものですよね。(関口氏)
冒険性やゲーム性。エンタメ要素を切り口にする試み
国際社会の動き、国としてのネイチャーポジティブ経済移行戦略もあり、企業やメディアは精力的に取り組みを強化している一方、生活者は言わば「サステナ疲れ」の状態という現状。そんな状況に対し小杉氏は、「楽しさ」が一つの活路になるのではないかと仮説を立てる。そしてこの仮説のもと同社では、企業やメディアと共同しサステナブル×エンタメという視点で、冒険性やゲーム性のあるコンテンツを展開している。
例えば環境学習コンテンツでは、「ゴミの影響を受ける海の生き物がかわいそう」という訴求ではなく、「VRで海中を冒険しながら生態系の課題に触れる」ことができるものに。情報がニュースや経済誌に偏りがちなネイチャーポジティブの話題は、旅やクイズを交えたエンタメ番組で楽しく学べるものに、といったものだ。
楽しいことには、お金も時間も使いたくなる
たしかにサステナブルな取り組みは、企業にとって新たなコストと捉えられることも多い。しかし東急不動産HDの事例を見ると、不動産事業での緑化活動をベースに自然貢献をしながら、その取り組みやコミュニケーションの工夫により、人にとっても心地よく楽しい環境の提供が叶っている。またそれは結果的に、企業のブランドやビジネスも強固なものにしている。
関口氏は研究者として「伝え方の工夫が購買行動に与える影響」についての実証実験を行なっているというが、“サステナブルです”だけで日本の消費者が動かないということは、すでにデータとして明白なのだそうだ。
「やらなくてはならないこと」には、どこか負担感が伴う。重要な課題も素晴らしい取り組みも、義務や責任という論調が続けば、人はポジティブに向き合い続けることが難しくなるのかもしれない。
負担感よりも興味や楽しさが先立つ。そんな伝え方ができれば、人は自然に動き、その動きが波及し、経済的なインパクトにも繋がる。「楽しさ」は人も経済も動かす、これからの生物多様性実現に欠かせない要素と言えそうだ。
<参考ページ>
● サステナブル・ブランド国際会2025 OPEN SEMINAR & EXHIBITION概要ページ
● 東急不動産ホールディングス株式会社 「いきもの東急不動産」ページ
● 農林水産省
■執筆:contributing writer Ryoko Hanaoka