ウォルト・ディズニー社アースマンス イベント 12年間、地球を「歩いて」見えてきたものとは?
「今日の高速で膨大な情報を、全て処理して理解することは不可能」
「主要メディアのタイトルニュースだけでは得られない、“意味”を捉えたい」
こう語るのは、ピュリツァー賞を2度受賞したジャーナリストであり、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(*)でもあるポール・サロペック氏だ。速い情報サイクルから抜け出し、スローなジャーナリズムを体現する同氏は、2013年にアフリカ大陸のエチオピアをスタートして以来12年間、地球を歩き続けながら、旅路で出会う世界の人々の話に耳を傾け、発信している。
(*) ナショナル ジオグラフィックが支援する「情熱を持って未知を探りに行き、知識の限界を突破してくれる”探求者”」 。世界各国、多様な分野のイノベーターたちがエクスプローラーとして活躍している。
2025年4月、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社は地球環境について考える月「アースマンス」に合わせた特別企画の一環として、このサロペック氏をスピーカーに迎え、メディアや関係者向けの特別イベントを開催した。
本記事では、このイベントを取材。情報のスピード・インパクトを重視する現代社会が見落としがちな小さな声を集めて語る同氏は、世界をどのように捉えているのか?そして私たちはこれから、どのように世界と向き合うべきか?などを、イベントの様子とともにお伝えしたい。
目的地は、いつも人
求めているものは「つながり」
サロペック氏自らが「OUT OF EDEN WALK(アウト・オブ・エデン・ウォーク)」と名付けたこのプロジェクトは、人類が拡散していったルートを徒歩でたどるもの。アフリカから南米の最南端を目指し、全長3万8000キロの道のりを時速5kmで歩くという壮大な旅だ。エチオピアを出発後、中東、中国、韓国と歩みを進めてきた同氏の歩みは2024年9月、福岡に到達。現在(2025年5月時点)も、日本を横断する旅を続けている。● 語られないことに意味を見出す
● 歩くことは、知らない世界、かつて知っていた世界への扉
「歩くことは、知らない世界、あるいはかつて知っていた世界につながる扉です」「私が徒歩の旅で求めているのは、“つながり”。目的地は、いつも“人”です。この旅に関わる人はだんだん増えていく。私にとって彼らはかけがえのない家族のような存在です」
出自の異なる人々と共に語り合いながら歩くこと、そしてその土地土地で出会う人々と語り合うことで、数多の物語と出会う旅。これは、サロペック氏に出会い“自分の物語”を伝えた人々にとっても、自らの居場所を再発見する、ある種の旅となっているようだ。
会場に駆けつけた、日本におけるウォーキングパートナーの郡山総一郎氏も、頭では理解していたものの、歩いて旅をする中で改めて実感したことが多かったと話す。「日本人として知っているつもりでも、実はわかっていなかった部分がはっきりした。アメリカ人であり、世界中を見てきた彼の視点との違いから気付かされるものが多かった」と語り、このプロジェクトとスロージャーナリズムの意義深さを感じさせた。
左から、司会進行のサヘル・ローズ氏、サロペック氏、郡山氏
気候変動から後継者不足まで
世界には共通点が多い
● 九州の農家にも、アフリカの遊牧民にも、世界に共通する心のうち
昨年9月からの日本横断でも農村部を歩いているが、過疎が進行する地域では生活音すら聞こえず、驚くほど静かなのだという。出会う人々は親切で幸せそうに見えたが、その大半は70歳以上。まだ激しい暑さの残る時期、近年の酷暑とそれに伴う収穫時期の変化には、みな一様に頭を抱えていたそうだ。また同様に、誰もが口にしていたというのが、後継者不足の悩みだ。長年の経験を持ってしても対処できないほどの大きな環境変化に見舞われながら、事業を受け継ぐべき担い手も見当たらない。こうした逼迫した状況は、これまで辿ってきた国々でも耳にしてきたという。「九州の農村で会う人も、アフリカで会う遊牧民も、語ることの多くは同じでした。もっと愛されたいと願い、子どもを案じ、上司との関係に悩む。気候変動も決まって話題になることの一つです。世界には共通点が多いのです」
● 日本の特徴は「生きるための深い伝統知」「自立の自信」
一方、他の国では感じられなかった特徴が日本にはあったとも話す。それは、地域に根ざした生きるための伝統的な知識が非常に豊かなこと。そして、自立した自給自足の感覚があることだ。サロペック氏は日本で出会った人々から「家庭や村々で、知識が大切に保たれていること」を実感し、また「世帯が2〜3程度に減ったとしても、その地で生きていくのだ」という、自信のようなものが感じられたと語る。知識が地域に根差し受け継がれていることを評価する。しかし都市部への人工集中により、こうした知識を持つ農村部は過疎化が進む。都市部の暮らしで自然とのつながりや関わり方を見失う人々が増える一方で、豊かな知識を持つ人々は孤立しているように見えたと、彼は話す。
気候変動も過疎化も、知識としては誰もが知るところだ。しかし世界を歩きながら見つめるサロペック氏が伝えるのは、データからは見えない小さな生の声の集積であり、「世界の人々は異なる言語で、共通の心情を語っている」というリアリティが詰まっている。
サロペック氏の視点と語りを通すことで、私たちも“日本が語らない日本”を再発見できるのではないだろうか。
現行のシステムでは“時間”というリソースが圧倒的に不足している
● 加速する情報の消費速度への危惧
10年以上歩き続けているものの、旅はまだ半ば。予定ではあと2〜3年続くという。この前代未聞の試みに多くの人は「なぜそんなことを」と疑問を投げかけ、時に呆れることもあるという。しかしサロペック氏は「そもそも人間は歩くことで物語を伝えてきた。歩いて物語を伝えることは、ごく自然なこと。気持ちのいいことです」と微笑む。「今のメディアのシステムでは“時間”というリソースが圧倒的に不足しています。多くのジャーナリストは、スロージャーナリズムに時間を費やすことは難しいでしょう。全てではなくとも構わないので、ごく一部だけでもスロージャーナリズムというものに時間を傾けてみることを勧めたい」と、サロペック氏。
郡山氏もまた「ポールと歩きながら、スロージャーナリズムについてよく話すのです。僕たちは情報の消費スピードが加速していることを危惧しているので、“スロー”というワードはとても大事なのでは、ということを会話しています」と話し、会場のメディア関係者たちの深い頷きを誘った。
● 自分のすぐそばにある物語に目を向けること
気候変動、後継者不足、思想の分断。世界は今、深刻な問題に直面している。しかし、まだまだ私たちは、自分には関係のないことだと傍観し、互いの違いを尊重し合えずに対立してしまうことが多い。そのことについてサロペック氏は「豊かだと人間は自分中心になりがち。(そんな中、メディアやジャーナリストが)すべきことは、“より身近な物語に耳を傾け、伝えること”」と思いをこめ、また「例えばシングルマザーの抱える淋しさや苦しさは、戦地の難民の持つ悲しさ、苦しさと同じくらいに深いもの。think globally, act locally(グローバルに考え、ローカルに行動せよ)という言葉にあるように、自分のすぐそばにある物語に目を向けることが、ストーリーテラーのすべきことなのではないでしょうか」と、会場に投げかけた。世界は広く、気候も言葉も文化も宗教も多様だ。今日私たちは、自分(あるいは自分の中にある“普通”という概念)と他者の違いを知り、受け入れ、敬うことを「多様性の尊重」と呼ぶ。しかしサロペック氏の語りを聞いていると、違いを知り受け入れるプロセスには、「私たちは違っている。けれども似通っている」という、自分と他者の間の“共通点・普遍性の発見”が欠かせないことに気付かされる。
革新的なテクノロジーのおかげで世界中とつながることができる一方で、かつては身近だった隣人たちとの関係は希薄になり、孤立や分断が生じている現代。消費される膨大な情報の陰の、語られることのない小さな物語の中にこそ、国や世代を越えた普遍的な共通点、私たちが他者と手を取り合うためのヒントがあるのかもしれない。
<参考サイト>
● 「アウト・オブ・エデン・ウォーク」公式サイト
● ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社公式サイト/コラムページ
■執筆:contributing writer Ryoko Hanaoka