手に取りたくなる「フェアトレード」は、どう作るべきか?

( 2025.5.29. 公開 )

#サステナビリティ #世界フェアトレード・デー #フェアトレード #開発途上国 #気候変動 #コーヒー豆 #児童労働 #強制労働 #SDGs #カカオ 


5月の第二土曜日は「世界フェアトレード・デー」。この日を含む5月はフェアトレード月間とされ、世界各地でフェアトレードの普及啓発イベントが開催されていることをご存じだろうか。日本でも、2021年から認定NPO法人フェアトレード・ラベル・ジャパン(以下、フェアトレード・ラベル・ジャパン)が「フェアトレード・ミリオンアクションキャンペーン」を実施し、フェアトレード認証や普及を強化している。期間中はフェアトレード認証商品の購入やSNS投稿、イベントへの参加などのアクションがカウントされ、1アクションにつき1円が、開発途上国への寄付や支援活動にあてられる。

期間内300万回分のアクションを目指して行われた、今年のキャンペーン。スタートに際し都内にて開催されたキックオフイベントより、フェアトレードをめぐる最新の動向、日本においてフェアトレード製品の選択をスタンダードにしていくために何ができるか?といった議論を中心にお伝えしたい。


気候変動に脅かされる、「あたりまえ」

年々多くの製品が大幅な値上がりをする中、フェアトレード市場で最も多く取引される産品であるコーヒー豆、ついで取引量の多いカカオは、日本でも価格高騰が大きな話題となっている。その背景にあるのは、近年の激しい気候変動の影響だ。異常気象や予測不可能な天候により、害虫が増加、病気が蔓延するという連鎖がおき、栽培が徐々に難しくなっている。

加工された製品だけに触れる現代の日本の多くの消費者にとって、目の前の製品の価格と、気候変動を始めとした産地の抱える課題との関連性は、なかなか見えにくいものだ。しかし今、あたりまえのように手頃な価格で入手できるこうした製品は、危機に瀕している。
特にアラビカ種のコーヒー豆栽培地は、2050年には半減するという研究データもあり(コーヒー2050年問題)大きく問題視されているほか、干ばつに敏感なカカオも、気温上昇と降水量減少の影響を受けている。こちらも同じく2050年には、ガーナとコートジボワールなどの主要生産地がカカオ栽培に適さなくなるという調査結果がある。今まであたりまえにあった日常は、もはやあたりまえではなくなりつつある。この状況に歯止めをかけるため、フェアトレードの普及拡大は世界的に重要なトピックだ。

第一部となるキックオフイベントでは、フェアトレード・ラベル・ジャパン事務局長 潮崎氏からの市場動向の発表を皮切りに、賛同・協賛企業を代表した事例紹介(イオン株式会社 渡邉 祐子氏、小川珈琲株式会社 小川 雄次氏)、キャンペーンアンバサダーである辻井隆行氏(Jリーグ サステナビリティ領域執行役員)、望月理恵氏(株式会社セント・フォース 取締役)によるトークセッションが行われ、それぞれ次のようにキャンペーンに向けた意気込みと考えを語った。

「イオンは国内企業で唯一、フェアトレード調達を中長期的に増やしていく目標を宣言している企業。お客さまにはキャンペーンを通じ“フェアトレード”という選択肢を知っていただき、行動に移してもらえれば(渡邉氏/イオン株式会社 GX担当責任者兼 環境・社会貢献部長)」
「フェアトレードの取り組みは、今後も美味しいコーヒーを届け続けるために必要なもの。輸入に頼るコーヒーは生産者の顔が見えにくいので、我々は消費者と生産地を繋ぐ役割を担っている(小川氏/小川珈琲株式会社 取締役 経営企画室室長)」

「フェアトレード製品を選択することは、他の場面での行動にも影響を与えるもの。知れば知るほど行動は変わる。アンバサダーとして、もっと発信をしていければ(望月氏)」
「サッカーができる環境も、気候変動の影響を大きく受けている。フェアトレードに関しては、自分たちがマイナスの影響を受けているだけではなく、与えているという自覚も必要。企業として調達基準を変えることはもちろん、マイナスインパクトを減らし、周囲を巻き込んでポジティブな影響を与えていくべき(辻井氏)」

左:渡邉 祐子氏(イオン株式会社 GX担当責任者兼 環境・社会貢献部長)、右:小川 雄次氏(小川珈琲株式会社 取締役 経営企画室室長)

アンバサダーによるトークセッションの様子。左から司会の若林理紗氏、辻井氏、望月氏



日本の市場規模10年で倍増するも、伸び代は大

続く第二部は「第16回 フェアトレード・ラベル・ジャパン ステークホルダー会合」と題して行われ、潮崎氏からより詳細な最新動向が伝えられたほか、「フェアトレード商品の販売戦略」をテーマに企業事例の紹介やセミナーが行われた。

潮崎氏の発表によると、日本における市場規模は2024年度に215億円となり、2014年度の94億円から10年で倍増している。また国民1人あたりのフェアトレード製品の年間購入額も、この10年で74円→174円に増加。数値を見る限り日本の市場は堅調に推移しているものの、市場規模はドイツの18分の1、1人あたりの購入額はスイスの96分の1にとどまっているという。生産者に支払われたフェアトレード・プレミアムの額についても、2023年の最新データではグローバルで321億円にのぼるが、そのうち日本から支払われた額は9023万円とのことで、世界と比較するとまだまだ伸び代があるといえそうだ。

フェアトレード・ラベル・ジャパン事務局長 潮崎氏



事業を通じ、共感と行動変容を起こす2社

反面、割高となるフェアトレード原料や製品の調達は、まだまだコストとして捉えられることも多い。市場の拡大、一般消費者への広がりをはかる上で、企業はどんな戦略をとるべきなのだろうか?
そのヒントになりうる事例を共有したのが、国分グループ本社株式会社(以下、国分グループ本社)と三本珈琲株式会社(以下、三本珈琲)の2社だ。

● 日本の市場に合う形を模索 ─── 国分グループ本社
創業から300年続く老舗の食品卸売業者である国分グループ本社は、オランダのサステナブルチョコレート「トニーズ・チョコロンリー(Tony’sChocolonery)」の販売を通じ、違法な児童労働・強制労働を100%介さないチョコレートを日本市場に、という挑戦を行っている。
トニーズは調達原則を設け、高価格での取引やトレーサビリティの確保などを徹底しているほか、フェアトレード・プレミアム(※)に加えて独自のトニーズ・プレミアムを支払うなど、カカオを取り巻く多くの問題に取り組んでおり、業界をリードする存在だ。トニーズ・チョコロンリーを日本で誰もが知る商品に育てようと試みる国分グループ本社は、これまでも数々の取り組みを重ね認知度を高めてきた。そして更に、日本市場に合った形態の模索・交渉を重ね、今年から一口サイズの詰め合わせやチョコボール状の商品の販売にもこぎつけたという。
「日本の市場をよりサステナブルに変えたい」という国分グループ本社の働きかけにより、消費者が手に取りやすい形になったトニーズ・チョコロンリー。この商品の広まりとともに、カカオ市場の課題やフェアトレードへの意識が広がりを見せることが期待される。

(※)取引価格に上乗せして生産者組合へ支払われる奨励金。組合や地域の経済的・社会的・環境的開発などに使われる。

カカオ主要生産地が型取られた均等に割れないデザインのチョコレートは、カカオ生産をめぐる世界の不均衡も表現されている。(横山氏資料より)

チョコレート市場の課題について語る横山 敏貴氏(国分グループ本社株式会社サステナビリティ推進部 課長)


● 企業・自治体・市民団体・市民が一体に ─── 三本珈琲
三本珈琲の事例は「フェアトレードかまくらブレンド(以下、かまくらブレンド)」の開発の取り組みだ。かまくらブレンドは、三本珈琲、国分首都圏株式会社(国分グループ本社のグループ企業)、鎌倉エシカルラボ(鎌倉市のフェアトレードタウン認定と継続を目的とする団体)、そして鎌倉市という、企業・市民団体・自治体がコラボして生まれたもの。味とデザインも市内で実施した投票にて決定するなど、市民をも巻き込んでいる。こうした連携、品質や手頃な価格、社会的意義が高く評価され、ソーシャルプロダクツ・アワード2025にて満場一致で大賞を受賞したというほど、アイコニックなフェアトレード製品だ。
しかしその成果以上に特徴的なのは、多様なセクターの大勢の人間が携わって出来上がったこの製品が、関わる人全てに「自分ゴト」の意識を芽生えさせていることだ。社内での作業効率・精度の向上や市民からの大きな反応が見られ、製造・流通・販売の工程においても、通常の製品にはない主体性や愛着を持ったアクションが生まれているという。「自分ごとと共感、想いが未来を変える」ことを強く伝えたい、と訴える同社 岩渕氏の姿は、非常に印象的であった。

異なる領域の連携により実現したプロジェクトを示す資料(岩渕氏資料より)

品質管理と商品開発に加え、三本珈琲において認証コーヒーの窓口を務める岩渕 泰行氏(三本珈琲株式会社 食品安全開発研究本部 課長)


値上げを価値に変えるコミュニケーション
「参加」「変換」「透明性」がポイントに

ブランディングのプロフェッショナルであり、また日本におけるソーシャルプロダクツの普及推進に力を注ぐ深井氏は「インフレ下でも共感を生む仕掛け」と題してセミナーを行った。「他社との差異で差別化を図るマーケティングは限界で、サステナブル訴求も同質化している。結局は好きになってもらうことが重要。(ソーシャルプロダクトやサステナブルブランディングに携わる中で)好きになってもらうためのメソッドが見えてきた」と同氏は語る。そのメソッドの例が「参加・参画しやすくすること」「換算・変換すること」だ。

深井賢一氏(一般社団法人ソーシャルプロダクツ普及推進協会事務局長、株式会社YRK and常務取締役東京代表、株式会社ウェーブ代表取締役)

例えば、2019年にソーシャルプロダクツ大賞を受賞したセロテープ®(ニチバン株式会社)は、プラスチック製のテープと比較すると割高なことから商談が困難だったという。しかし、新聞広告にて “環境に配慮したセロテープ®を導入している賛同企業”として製品の取扱い企業を紹介(下画像 左)、かつHPでは賛同企業数が増えるごとに削減できるCO2量が増える仕掛けも作った(下画像 右)。これにより同製品の導入企業は増加。“コストを払う”という感覚を、“意義ある取り組みに参加する”という感情に変化させ、また自分の参加によるインパクトも可視化されることでの手応えも感じられる。コストを新たな価値に変えた成功事例の一つだ。

深井氏の資料にて例示された、ニチバン株式会社の新聞広告、企業HP

深井氏はまた「最小限の活動でも公表すること」の重要性も説く。取り組みの小ささや少なさ、現状と目標との乖離は、多くの企業が公表をしたがらない部分だ。しかし、小さくてもアクションを起こしていること、そしてまだ道半ばであることを率直に開示することを、消費者や取引先は「誠実さ」と捉え、そこに応援したい気持ちが生まれるのだという。

今年はSDGsで設定されている「児童労働ゼロ」の目標年だが、現段階で達成は絶望的だ。そんな中、児童労働問題との関わりが深いフェアトレードは2025年、より注目を浴びることが予想されている。しかし現在の日本においては、問題提起や課題意識に訴えかける以上に、思わず心を惹かれるような訴求が必要なのかもしれない。身近で、手に取りやすく、そのものにしかない価値をどのように作り、伝えていくかを考える上で、本イベントにおける議論は、企業を始めあらゆる領域の参考となるヒントに満ちていたように思う。

※アクション数値速報:2,298,240(5/25時点)

<参考ページ>
認定NPO法人フェアトレード・ラベル・ジャパン 公式ページ
「フェアトレード・ミリオンアクションキャンペーン」ページ
トニーズチョコロンリー 日本公式ページ
三本珈琲HP|ニュースリリースページ

■執筆:contributing writer Ryoko Hanaoka

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