社員が自らパーパスを体現していくために 〜日本製紙クレシアの取り組み事例〜

(2025.4.4. 公開)

「事業の成長」と「社会的課題の解決」との両立を目指すCSV(Creating Shared Value)経営は近年、日本企業においても徐々にスタンダードになりつつある。しかし社員たち自身がこれを深く理解し体現していくプロセスにおいては、難しさを感じる企業も多いはずだ。

日本製紙クレシア株式会社(以下、日本製紙クレシア)は、このCSV概念と社名とをかけた「CSV(Crecia Shared Value)プロジェクト」を2019年から発足させ、これからも選ばれ続ける企業であるために何をすべきかを、有志社員達を中心にいち早く議論してきている。このCSVプロジェクトが主体となり、これまでにCIロゴの刷新、パーパスやコーポレートスローガンの策定などを行ってきた。
同社のように、パーパスやビジョンを掲げることは重要な一歩だが、それだけで何かが変わるわけではない。主体の曖昧な「会社」ではなく、社員が「自分たち」を主語に体現していく意識が一人ひとりに深く浸透することが、CSV経営において最も重要なポイントとも言えるだろう。
今回日本製紙クレシアが行った研修も、社員がパーパスと自分の業務との繋がりを感じられるようになることを目的に行われたものだ。
本記事では、2025年1〜3月に実施された全3回にわたるこの研修をレポート。サステナビリティの理解・浸透に取り組む企業事例として、研修の様子や実施の背景、参加した社員たちの変容の様子などをお伝えしたい。

研修資料より

自社を象徴する「衛生」を切り口に
パーパスと業務の繋がりを深く感じられるように、と設定されたテーマは「防災×衛生」だ。
日本製紙グループの中で唯一のBtoC商材を扱う日本製紙クレシア。ティシューやトイレットロールなど日常利用される紙製品のメーカーとして大切に考えている「衛生」をフックに、日常の対極にある「災害」への備え・対策を考える機会を作る意図だ。
さらに、同社が掲げるパーパス『衛生環境の維持と拡大〜すべての人の暮らしが、どんな時でも、清潔であり続けるために~』を参加社員がより具体的に考える機会とすべく、「すべての人」・「どんな時でも」を、「被災をされた方々が」・「避難所でも」という状況に落とし込み、『衛生環境の維持と拡大』のために自社ができることを考えるという流れで進められた。


自分の盲点を知り、他者の視点で世界を見る
一連の流れにおいて、大きなポイントとなっていたのが「当事者視点」だ。
そもそも人間は、知識や関心がないものは目に映っていても見えないという、心理的盲点を持つ。反対に、知識を得たり関心が生じることで、見えていなかったものが見えてくることもある。
今回参加者の大半が被災経験を持たないなか、どのようにして当事者である被災者や支援者の視点で避難所の課題を捉えるのか。そこで招かれたゲストが、被災地支援を行う専門家であるNPO法人ETIC.の瀬沼 希望氏、株式会社CoAct代表取締役の渡嘉敷 唯之氏の2名だ。
自らも中学時代に被災経験を持ち、2024年能登半島地震の発災直後から現在に至るまで継続的に被災地支援に当たっている瀬沼氏の講話では、避難所の運営ノウハウがないことでの混乱、手洗い・風呂・洗濯などのための生活用水の不足、女性用下着やアレルギー対応食品など細かなニーズに対応できる物資の不足など、現場で見た避難所の実態や支援における細かな課題が語られた。
一方、福祉事業所を対象に災害対策支援事業を行う渡嘉敷氏からは「直接的な支援だけでは時間やコストも嵩み、対象や範囲は限定されてしまう。有効に支援を実現するためには直接支援だけではなく、どこにアプローチしたら波及するか(間接支援)も同時に考えることが大事」と、災害対策支援の設計自体の重要性なども語られた。
現場を知る立場からの細かなリアルな課題を知るなかで、参加者たちは、自らの心理的盲点に気づくことで見えてきた「当事者」の視点を獲得していった。


深く“自分ゴト化”するための段階的な対話
しかしこの研修の中心は講話聴講ではなく、現場の実態を知ったうえで行われるグループディスカッションを主軸にしたワークだ。
シンプルにアイデアを出すに止まらず、段階的に状況を想像するステップを踏んで進んでいく。この細かなステップにより、参加者の当事者視点が深まり、そこから考えられるアイデアも現実的なものになっていくプロセスが特徴的だ。さらに、5つに分かれたグループごとに出されるアイデア全てに対し、瀬沼氏・渡嘉敷氏がフィードバックを行う。「現場でも多くの需要がある」「実施を想定した場合、現場ではこんな配慮が必要」など具体的な助言を経て、各アイデアがブラッシュアップされていく様子も伺えた。






“普段の業務の延長にあるような” 実現イメージのあるアイデア
こうしたステップを踏んで絞り込まれたアイデアはポスターという形にまとめられるのだが、画像は既成のものではなく「理想が実現できた状況を表現するに相応しい写真を各自撮影してくる」という宿題を経て用意されたものだ。自身やチームとしての考え、想いを表現・言語化することが目指され、最終日には完成したポスターを用いてプレゼンテーション機会も設けられた。以下が各グループの5つのアイデアだ。

●物資運搬のトラック荷台を活用した、子どものための環境づくり案
自社製品の運搬で使用しているトラックを活用。往路は支援物資を載せて運び、現地では荷台を遊び場や学習空間に。復路では避難所のゴミを回収して運ぶ、というもの。見過ごされがちな子どもの負担、安全な居場所確保の課題に着目したアイデア。


●他社と連携したコンパクト製品の展開で、避難所でのプライベート空間確保の一助とする案
自社製品である長持ちシリーズ(長尺化したトイレットロールなど)を含め、他社コンパクト製品とも連携して災害対策コンパクトシリーズを展開・啓蒙。避難所でコンパクトシリーズが活用されることで個人スペースの確保に。避難所居住における精神衛生課題に着目したアイデア。


●温めても使えるボディタオルの開発で、災害時の衛生環境維持の一助とする案
電子レンジなどを使わず温められるボディタオルを開発し、入浴がままならない環境下で入浴の代替手段に。寒い時期の必要性はもちろん、温かさが精神的な安心にもつながることを意識。断水や生活用水の不足から入浴が困難な課題に着目したアイデア。



●災害時トイレキットの提供により、トイレの衛生環境維持の一助とする案
災害用のトイレキットを作り、現場ですぐに掲示可能なよう、トイレットロールのパッケージには避難所トイレの運用マニュアルをプリント。キット内に清掃チケットも加え、清掃実施者には引き換えに特典付与も。運用ルールの確立・浸透、清掃担当者の負担軽減など避難所トイレの課題に着目したアイデア。



●自社製品で作った防災キットの提供で、平時からの備えをスタンダードにしていく案
日常的な製品に加え防じんマスクや保護めがねなども加えた防災キットを作り、備蓄品として展開。避難所管理者への使用法レクチャーも合わせて提供。使い慣れていないものを災害時に使うことの困難さに着目し、事前準備による精神衛生の実現を目指したアイデア。



どのアイデアも自社製品・サービスを基軸にしながら、現場で有効に活用してもらうためには?という視点が織り込まれていることがわかる。会場内からも「普段の業務の延長にある取り組みで、実現イメージが持てる」「自社製品が防災に活かせると改めて実感できる」「様々な部署からメンバーが集まっているため、自分だけでは思いつかない考え方を学べた」といった感想が寄せられた。


「この機会がなければ、考えることもなかった」
研修の時間が着実で大きな一歩に

各アイデアが現場でのニーズに沿ったものであり、かつ事業成長と社会的信頼を築く可能性も備えていることを見ると、この研修は、参加者がパーパスと業務との繋がりを“頭ではなく体験として”知っていくためのプロセスだったように思える。

研修事務局でありCSVプロジェクトメンバーの富岡 秀忠氏(ファミリーケア&パーソナルケア営業本部)も研修の締めくくりに際し手応えを語り、加えて今後も全社一丸となった継続的な取り組みが必要であることを語った。
富岡氏:(多くの人が漠然とイメージを抱きがちな)サステナビリティといえば環境、というものが切り離せればと思っていたが、それが実現できたようだ。「防災」という一つの切り口だけでもこれだけの対話が可能。数あるクレシアのSDGsマトリクスの項目を今後もコミュニケーション材料にしてもらいたい。何より、今回の学びを現場に持ち帰り、周りに拡散していってもらえたら。

一方研修を終えた参加者たちからも、次のような力強い感想が述べられている。
「この機会がなければ考えることもなかった。良いきっかけだった」
「被災地支援をされている方の話がとても貴重で、視野が広がった」
「多様な部署が集まり意見を出すことでの化学反応があった」
「BCPの見直しにも取り入れられそうだ」
「他のメンバーにも伝えたい」

「防災」は元より「サステナブル」は、本来誰にとっても身近で地続きの問題であるはずだ。その身近さに気づき、自らが動いていくために必要なのは、知らなかった事実を知る機会と、自分の問題として捉えるための時間なのかもしれない。

なお今回出た5つのアイデアは、今後社内投票が行われ、得票数の多いアイデアは実際に実施する方向で検討していく予定だ。どのアイデアがどんな形で実現されるのかも非常に楽しみだが、持続可能性への配慮と事業成長の理想的な循環を実現する企業事例として、同社の今後への期待は高まるばかりだ。

■執筆:contributing writer Ryoko Hanaoka