働き方、暮らし方を問う里山生活で目指す、食とエネルギーの地産地消100%
日々時間に追われながら、立ち止まる余裕なく生きている。それを日常として受け入れてはいながら、時折ふと違和感も感じる。そんな瞬間は、きっと多くの人にとって経験のあるものではないだろうか。
こんな、現代社会の中で私たちが感じつつも、見て見ぬふりをせざるを得ないような“生き方”を真剣に問い直しながら、ゆるやかに遊び心を持って実践しているのが宮城県川崎町の里山で活動をする「株式会社百(もも)(以下、百)」だ。
今回はこの百より、代表取締役 朏昌汰(みかづき しょうた)さん、取締役 宮川卓士(みやかわ たかし)さんにお話を伺った。
自分たちの生活に必要な最低限の食とエネルギーを、自分たちの手で
百がどんな企業か?ひとことで言い表すのは困難だが、話を伺うといわゆる「企業」というイメージとは異なる姿が見えてくる。それは、百メンバーが探り出し作り出した生き方を体現してくための場、と言えるかもしれない。では、その生き方とは?
百のサイトを訪れると、豊かな里山の写真とともに「生きるを問い直す」というキャッチフレーズが目に飛び込む。シンプルだからこそ真摯さが感じられるこのフレーズは、百が株式会社になる以前、任意団体として活動していた頃からのキャッチフレーズとのこと。
そもそも百は、“生きる”ということが「くらす」「はたらく」「あそぶ」の3要素で構成されていると考えているのだそう。そしてまた、現代の生き方はこの中の「くらし」の部分が切り離されてしまっていると感じるのだと、朏さんは言う。
この「“くらし”が切り離されている」という感覚から、どんな暮らし方ができるのだろう?という「生きるの問い直し」。百はこの問いに、「ベーシックインフラの地産地消100%」という答えを持って活動する。「ベーシックインフラ」とは、生活に最低限必要な食料とエネルギーを指し、それは米と薪としている。自分で作ったお米に、薪ストーブ用に木を切って作る薪。いわゆる昔ながらの自給自足生活のようにも思えるが、単に過去の生活に戻ることが良いと考えているわけではない。
バランスと循環を重視
自然との共生や持続可能な生き方に目を向けると、経済的な競争に否定的な視線を向けてしまいがち。だが百が重視しているのはあくまでもバランス。高度に発展した技術と経済で成り立つ現代社会でも可能な、より良い選択として「はたらく」「あそぶ」の面では資本主義を受容しつつ、「くらす」の部分ではベーシックインフラを自分たちの手で、というスタンスだと言う。「はたらく」ことで得たお金のうち「くらす」ために費やす割合を減らす(「くらす」お金のために「はたらく」に費やす時間割合を減らす)ことで、「はたらく」「くらす」「あそぶ」の時間とコストのバランスを良くしようというわけだ。薪割りを例に出すと、薪割りという、お金を使わずに、そして全身を使った“あそび”が、“くらす”に直結する生活行動であると同時に燃料を稼ぐという“はたらく”にもなっているということだ。もちろん、食料・エネルギーの自給や地産地消は、化石燃料由来のエネルギー利用の低減や、災害時のライフライン確保、輸送時のCO2排出削減にも繋がる。
現代では自分の手から遠く離れている「くらす」ための資源の生産を、手の届く場所に取り戻すことで、暮らしにも環境にも好い循環を作ろうというのだ。
ちなみにユニークなのは、メンバーそれぞれが百以外の仕事を持っているという点。農業、林業、大学教員などそれぞれの生業を持ちながらのやりくりには難しさもあるものの、おかげで百の収益やそのための企業運営に依りすぎず、純粋にやりたいことができる場になっていると言う。
古く江戸時代、仕事には「かせぎ」と「つとめ」があり、その両方を担えてこそ一人前という考え方があったと言うが、そんなことも思い出される在り方だ。百という企業は、こうした生き方を実践しながら仲間を増やし、未来に手渡すことのできる暮らしの場を作ることを目指している。
百の考える、ベーシックインフラ型社会(百ホームページより)
百のはじまりと広がり
全員が移住者だという百のメンバーが繋がったきっかけは、朏さんともう一人の取締役である中安さんが、学生時代にニュージーランドで出会ったことだそう。何をするにしても、自分自身がどのように生きて暮らすか?という人としてのベースが肝心だと感じていた朏さんは、まずは暮らし・生き方自体を整えたいと考え、それが実現できる場を探していたのだと言う。一方、東北大学に通っていた中安さんは「NPO川崎町の資源をいかす会」の活動を通じて出会った菊地重雄さんとの繋がりで、すでに川崎町への移住を決めていたとか。現在は百の顧問である菊地さんと出会った中安さん、その中安さんと各メンバーが出会い、連鎖するようにして百ができていく。共に手を動かし、食卓を囲む。"食とエネルギーの地産地消"が体験できる「Ecommodation 百のやど」
こうして川崎町にできた百が、現在活動の発信拠点としているのが、2022年4月に完成した「Ecommodation 百のやど(以下、百のやど)」。杉林を購入して土地を整備するところから完成まで数年かけて築いたこの施設は、百が目指す「食とエネルギーを地産地消する暮らし」の体験がコンセプト。一般ゲストのほか小規模な企業研修としての利用もあり、大企業の場合はプロジェクト上での参考を目的とする利用ケースもあるそうだ。野菜を採り、薪を割り、里山を散策する。薪や伏流水、太陽光など自然のエネルギーを使った建物で過ごす。このような空間が、サステナビリティを意識した企業活動の一環としての利用ニーズがあるのも頷ける。この宿の建築における一連の作業にはまた、地元の人や多くの友人たちが手を貸してくれたそうだ。体を動かし、汗を流し、食卓を囲んで会話を重ねる中で、百に共感した人々が集まり輪はさらに広がっていったそうだが、この「手を動かして体験し、ともに食卓を囲む」という姿こそ、百が大事にしていることだと言う。メンバーは「百のやど」に宿泊するゲストともテーブルを囲み、会話と食事の時間を共にするというから、何ともユニーク(※)。
訪れるゲストは「日常で感じている違和感について何かを考えるヒントに」「子どもに体験させたい」などの理由で足を運ぶ。走り続けることに奮闘する現代の人々がふと足を止め、自らに生き方を問い直すことができる。「百のやど」はそんな空間になっているのかもしれない。
(※体験無プランや素泊りプランなど、宿泊プランは複数あり。)
「百のやど」建築にあたっては、造園業をはじめ地元の様々な人が手を貸してくれたという
木材は杉の無垢材で伝統工法「木組み」を。壁も地元材料の土壁。夏には冷水を、冬は薪ストーブや温水の熱を利用する宿
薪割り&餅つき
食卓には百が作ったお米や野菜、地元産の食材を用いた料理が並び、賑やかな時間が過ごせる
否定や対立ではない在り方「最終的にどれくらい笑顔が増えたか」
一方、宿には泊まる機会がない地元の方々は、月に一回設けている夜の「バータイム」に「百のやど」を訪れ、食事やお酒を楽しんでいるのだそう。客層は年齢や属性も多様で、人数もその月によってまちまちだが「定期的に顔を合わせられる理由があるということも大事」と言う。移住者が新たな取り組みをする場合、地元住民とある種の軋轢が生じることも少なくないもの。しかし話を聞いていると、百は川崎町に溶け込み、根をはり始めているように見える。それが可能なのはなぜ?という問いに二人は「自然との関わりにおいて圧倒的にスキルがある地元の方を尊敬しているし、川崎町で長く活動されてきた菊地さん(前出)の応援があるからかも。(朏さん)」「別荘地という土地柄、外部の人に馴染みがあったことも大きいし、不動産を購入したことから自分たちの覚悟や本気が見えて応援してもらえていると感じる。(宮川さん)」とこたえる。
語り口からは、自分たちが何かを大きく変えるのだ、という激しさや強さよりも、すでにあるものや先達への自然な敬意が根底に窺える。善きも悪しきも包括していく、ゆるやかで懐深い在り方、とでも言うような。
そう伝えると朏さんは、ニュージーランドで触れた先住民族マオリからの影響について話してくれた。マオリにはイギリスの入植という歴史があるが、ある村で「対立軸では分かり合えない。自部族の文化と西洋の文化それぞれを良いところをいかしていく」という考え方に触れたそう。
「自分の意見を通せたら正解ではなく、最終的にどれくらい笑顔が増えたかというのを大事にしている。」「何かを変えようとは考えていない。自分たち自身が楽しく愉快に生き方を表現していくことで、その姿を見た人にも何かを感じてもらえるのでは。」と、朏さん。
百の遊び心の一つ、メンバーカラー。「地元の人にも親しみやすさを感じてもらえたかも(朏さん)」(赤:朏 昌汰さん、青:中安さん、緑:宮川さん、茶:倉田さん、橙:中野さん、白:朏 利奈さん)
「愉快に灯り続ける」をパーパスに
百では最近新たに企業としての存在意義を『百と関わる全ての存在のために愉快に灯り続ける』と定義した。お二人の話を聞いていると、その視点が「今」よりも先にあり、「現在」を過去と未来の間にある連続的なものとして捉えていることを感じる。短期的な成果や効率性という足元だけに視点を固定せず、長い時間軸の中で現状を捉える。そして現状を受容しながらも、より理想的な状態を模索し、それを長く継続させる。そんな姿勢が、この「灯り続ける」という言葉に現れているように思える。
今後の展望については「今はまずより多くの方に、百の取り組みや、その発信地である百のやどを知って、参加してもらうこと。そして食やエネルギーに関連した他事業も少しずつ検討していければ。」と語る朏さん。
まさにサステナビリティの本質的な在り方の実践が見える百という企業が、この価値観の中でこれからどのように展開していくのか、非常に楽しみだ。
【参考ページ】
・株式会社百
・まきこめ!百ラジオ
・NPO川崎町の資源をいかす会
・宮城県川崎町ちょこっとええtube
■執筆:contributing writer Ryoko Hanaoka