なぜ難民問題に取り組むのか? 人権がより尊重され、すべての難民がいなくなるべく「世界を変えていく」(第3部/全3部)

ユニクロ、ジーユーを展開する株式会社ファーストリテイリング(以下、ファーストリテイリング)は、グローバルにビジネスを展開する企業として、世界中で増え続ける難民問題を自社が取り組む重要課題の1つとして考え、長年にわたり継続的・包括的な支援を行っている。2013年からは、日本の小・中・高校生が難民問題を「自分ゴト」として考えを深められる出張授業のプログラムを開発し、服を回収し難民へ届けるプロジェクトとして全国の学校で展開している。そうした活動と、それによって社内外に生まれるさまざまな変化について、ファーストリテイリング サステナビリティ部 新田幸弘グループ執行役員、同 サステナビリティ部 ビジネス・社会課題解決連動チーム 山口由希子氏、横川結香氏に話を聞いた。


▶ 第一部:難民のリアルを知り、服を着る意味を問う “ 服のチカラ ” プロジェクトストーリー

▶ 第二部:子どもたちが戦争や難民について、自分ゴトとして考え、自分にできる行動を踏み出せるプログラム開発



さまざまな難民支援を展開

ユニクロがUNHCRと共同で難民に対する支援をスタートしたのは2006年のこと。2011年にはUNHCRとグローバルパートナーシップを締結した。目指すのは、故郷を追われるすべての人への継続的なサポートだ。そのサポートは物資や資金の提供にとどまらない。UNHCRをはじめ、さまざまなNGO等と協力しながら、故郷を追われ難民となった人々が再び自らの力で生活できるよう、職業訓練や雇用といった面を含む包括的な支援を展開している。

主力ブランドであるユニクロでは「MADE51(故郷で培った技術や才能を生かしたものづくりを通じて、難民の自立を支援するプロジェクト)」や「ユース難民アートコンテスト(次世代をになう子どもや若者たちの才能を世界中に広め、アート作品を通して難民支援の想いをつなぐアクション)」と連携したチャリティTシャツなどを販売し、「購入」という生活者に最も身近なタッチポイントで「難民」についての認知・気づきを促す。


(難民となった職人の技術や才能をいかした、「MADE51」ユニクロ特別コラボによる限定ハンドメイドグッズ)
https://www.uniqlo.com/jp/ja/special-feature/made51


こうした長年にわたる数々の取り組みのベースにあるのは、「世界の色々な地域に展開していくにあたって、どの世界・社会にも歓迎される企業でありたい」という柳井社長の想いだ。また、グローバル企業として責任があると同時に、現在25以上の国と地域で店舗展開しているからこそ貢献もできるという自負もあると新田氏は語る。


(上記に表した「緊急支援」の他、「衣料支援」「自立支援」「雇用支援」と包括的な取り組みを展開している)


グローバルとローカルをつなげた「共存・共栄」

先に紹介した “届けよう、服のチカラ” プロジェクトに参加した学校数は2023年度時点の累計で4,315校を数える。店舗と地域と学校がつながることをとても大事にしているプロジェクトでもある。

ファーストリテイリングはマテリアリティの一つに、「コミュニティの共存・共栄」を掲げる。他社のマテリアリティにおいて「コミュニティ」とは事業にゆかりのある地域を指す場合が多いが、ファーストリテイリングは「難民問題、人種差別、テロ、地域紛争」といった社会的課題をコミュニティの問題と捉え、コミットすることを表明している。グローバルに展開する企業として、各コミュニティの経済や社会の状況が安定していなければ、調達・生産・販売のいずれも安定して成り立たせることはできない。だから、ローカルとグローバル、それぞれのコミュニティをどちらも大事にしていくことは必然でもあると新田氏は語る。

(新田氏)店舗展開している国、サプライチェーンとして関わる国以外にも、難民キャンプは多くある。自分たちのビジネスの範囲内だけでなく、我々としてはすべての国・地域に対して責任があるし、貢献もできると考えている。ローカルに根差した店舗、顧客、従業員と、グローバルな難民問題をつなげていくという意識はもともとあり、“届けよう、服のチカラ”プロジェクトを通じて、必然的につながってきた」

サステナビリティ経営において重要性を増す「サプライチェーンの人権・労働環境の尊重」もまた、ファーストリテイリングのマテリアリティに掲げられているが、新田氏いわく「難民も人権の問題」と捉えている。「国籍・家族・財産・職業などを奪われ、人権が侵害されている状態。そういった人たちに対して企業として何ができるかを考えて、継続的に取り組んでいきたい」と語気を強める。


人生を豊かにする「LifeWear」の価値と意味

ユニクロは「LifeWear」という概念を打ち出している。「Life」には、命・生活・人生という意味がある。それに対して新田氏は、「買ってくださったお客様の人生や生活もあるが、お客様が着なくなった服が、他の誰かの命を救ったり、生活をよりよくしたり、人生を豊かにしたりする。“服のチカラ”には、そうした意義もある」と語る。



できるだけ長く着る。その上で、着なくなった場合には、次に必要としている人たちが着られるように服の「セカンドライフ」につなげていく仕組みは、難民支援というだけでなく、商品のライフサイクルを長くするという点において、環境負荷を低減する。商品の価値が経年と共に低下するのではなく、より価値あるかたち、より多くの人に喜ばれるかたちでのロングライフ化を実現することにもなる。プロジェクトの参加を通じて、これまで見えていなかった視点を獲得し、そこから新しい価値の道筋が見えてくる。これもまた重要な “服のチカラ” と言えるだろう。


サステナビリティと経済性は「トレードオン」

「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」とは、ファーストリテイリングのコーポレートステートメントだ。では、具体的にファーストリテイリングは、どのような「常識」を変えたいと考えているのだろうか。

(新田氏)「常識を変える、というと、新しい革新的な商品開発ということが先に立つが、それだけではない。アパレルは地球環境に多大な負荷をかけてしまっているが、企業として成長しながら、地球環境を改善していくというチャレンジも、これまでの常識を覆すことにつながる。我々が成長しながらも、同時に社会がよくなり、人権もより尊重されるようにしていきたい。また、いい商品は値段が高くなるのが通例だが、いい商品であるのに買いやすい値段を維持する、という点も常識を変えていると思っている。社会にとってはプラスになり、ビジネスとしてはチャンスとなるような要素はたくさんある」

サステナビリティと経済性は両立しえない(両立が難しい)という議論はよく見聞きする。それをトレードオフではなく、トレードオンにしていくために何が必要か、について最後に新田氏に訊いた。

(新田氏)「未来を考えたときにサステナブルな社会でないといけない、というのは無意識にすべての人が感じていること。だからこそサステナブルな商品・サービス・ビジネスモデルでなければ市場でも受け入れていかれないし、ブランドとして選ばれなくなる。未来にむけてビジネスを続けていく上で、サステナビリティへの対応は必然だと思っている。その中で、コストが上がってしまうことに対しては、いろんな工夫ができる」

たとえばユニクロの店舗では、使い捨てプラスチックの削減のためにショッピングバッグをプラスチック製から紙に代えた。一方で、紙も大切な資源であり使い捨てを減らすべきなので、お客様にはマイバッグを使っていただきたいとお伝えし、ショッピングバッグの有料化に踏み切った。ショッピングバッグをプラスチック製から紙に代えることで大幅なコスト増を予測していたが、実際には非常に多くのお客様がマイバッグを持参してくださり、紙のショッピングバッグを利用されるお客様は激減した。その結果プラスチック製のときよりもコスト削減となり、環境負荷も低減できた、と新田氏は説明する。



(新田氏)「コストがあがるから、という議論はゼロではないが、それを乗り越えて、どのように新しい価値をつくりだせるかという議論のほうが重要だ。チャンス開発していくという発想でやっている。またそういう取り組みを続けることで、より優れたサプライヤーや共創パートナーから選ばれることにもつながり、それによってさらによりよい商品を開発する機会の獲得にもつながる」

視点の持ち方。ビジョンの示し方。そしてそれを、あらゆるステークホルダーに伝え、新しい価値を感じてもらうことが、これからの市場で選ばれ、支持されるために必要不可欠だ。
ファーストリテイリングは「難民・戦争」という、自分ゴト化が非常に難しい(しかし非常に重要な)課題に、20年近くにわたり継続的に取り組みを重ねてきた。その蓄積から、あらゆるステークホルダーを結びつけるプロジェクトが生まれ、その体験を通じて、さらに共感と行動喚起の輪をひろげてきた。

争いがなく、人権が尊重され、すべての人が安心して暮らせるサステナブルな社会へ至る道は、現状を鑑みると厳しく、険しい。けれども“届けよう、服のチカラ” プロジェクトのような活動によって、難民や戦争に対する無関心が減り、自分にできる何らかの行動を起こしていくことが、「私たちが生きたい未来」をつくっていくことに他ならない。



【参考サイト】

重点領域(マテリアリティ)特定のプロセス

世界難民の日特別企画 MADE51(メイドフィフティワン)

ユース難民アートコンテスト 2023

難民の現在とユニクロの支援活動




■執筆: Mami NAITO Sustainable Brand Journey 編集部
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