子どもたちが戦争や難民について、自分ゴトとして考え、自分にできる行動を踏み出せるプログラム開発(第2部/全3部)

ユニクロ、ジーユーを展開する株式会社ファーストリテイリング(以下、ファーストリテイリング)は、グローバルにビジネスを展開する企業として、世界中で増え続ける難民問題を自社が取り組む重要課題の1つとして考え、長年にわたり継続的・包括的な支援を行っている。2013年からは、日本の小・中・高校生が難民問題を「自分ゴト」として考えを深められる出張授業のプログラムを開発し、服を回収し難民へ届けるプロジェクトとして全国の学校で展開している。そうした活動と、それによって社内外に生まれるさまざまな変化について、ファーストリテイリング サステナビリティ部 新田幸弘グループ執行役員、同 サステナビリティ部 ビジネス・社会課題解決連動チーム 山口由希子氏、横川結香氏に話を聞いた。


▶ 第1部:難民のリアルを知り、服を着る意味を問う “ 服のチカラ ” プロジェクトストーリー


7つのアイテムから、3つだけ持っていけるとしたら?

「もし日本に突然、戦争が起きて今すぐ逃げなくてはいけなくなった。水、食料、衣服、お金、スマホ、薬、家族の写真。この中から優先順位をつけるとすると、あなたは何を選ぶ?」
2024年度に初めて導入したというワークでは、このような問いが子どもたちに投げかけられる。あなたなら、何を選ぶだろうか?

「写真を持っていく。写真を見たら大切な人を思い出して、泣いてしまうかも」と答えた男の子がいる。「お気に入りの服を持っていきたい」と答える女の子がいる。食料や水、お金やスマホを選ぶ子どももいるが、子どもたちの答えは多様で、7つのアイテムのすべてが誰かによって必ず選ばれているという。

(新田氏)「人は物質的なものだけでなく、感動するものや心強くいられるといった情緒的なものを大事にしたいという想いがあることが、こうした多様な答えから見て取れる。私が実際に訪れた難民キャンプでも、似たような体験をしたことがある。2年ぶりに訪れた難民キャンプで久しぶりに会った女の子が、前回寄贈した洋服を “ハレの日に着たいから大切に保管している” と教えてくれて感動した。と同時に、服は自分を表現するアイテムであり、自分のアイデンティティや誇りと結びつくと感じた」

7つのアイテムの中から優先順位をつけるワークに、正解はない。状況や個性、価値観によって大切にするものは違うし、選ぶ理由も違う。そのことを、ワーク後に、いくつかのケーススタディとして難民の子どもたちのエピソードを交えて子どもたちに伝えている。自分はどれを一番大切なものとして選んだか。みんなとシェアして話し合うことで、さらに理解が深められる。



服のチカラで、いのち・気持ち・つながりが増える

子どもたちが自分ゴト化するためのアプローチとして、どんな点を工夫しているのか。
「難民の方たちが、どんな環境で、どのように暮らしているのか。その様子がわかる写真を見せることで、難民についてのリアルを子どもたちに伝えることがポイント」だと山口氏は明かす。

難民キャンプでの暮らしの様子、そして回収された服が実際に届けられる様子をストーリーにした『服の旅先』という動画が、プログラムの最後に流される。日本に住む少女は、小さくなって着られないお気に入りの赤いワンピースをリサイクルに出すことに決める。そのワンピースは、日本から長い旅を経て、ウガンダの難民キャンプで暮らす少女、エヴァのもとにたどり着く。エヴァは、南スーダンで幸せに暮らしていたが、内戦が勃発し、父親が殺され、母親と離れ離れとなり、ウガンダに逃れて難民になった。姉や友達と一緒に難民キャンプで暮らす中で、ある日、ユニクロから服が届けられる。エヴァたちは嬉しそうにその中から洋服を選び、「わたしたち、このあたりで一番おしゃれさんだね」 と明るい笑い声をこぼす。


(短編映画『服の旅先』のワンシーン、監督:山中有)

動画の最後で、ワンピースを回収に出した日本の少女に、「服を受け取ったのはどんな人だと思う?」と問うシーンがある。「そこでうつむいていちゃダメ、明るい気持ちを持っていこう、みたいな前向きなイメージがあります」と少女は答える。遠く離れたウガンダのエヴァと日本に住む少女は、実際に会うことがなくても、赤いワンピースを通じてお互いの存在を感じ、エールを感じ、明るい気持ちを交感しあうことができるのだ。

授業後に行うアンケートでは、「服のチカラで、命や気持ち、つながりが増えることがわかった」というような感想が小学生からも寄せられた。ワークや動画を通して、子どもたちの考え方が変わるのが、このプロジェクトの特徴だと横川氏は言う。

(横川氏)「なぜ自分たちが服を着るのか、と改めて考えることは普段あまりないと思うが、このプログラムを体験することで “なぜ服を着るのか納得できた” といった感想があり、私たちの伝えたいことが伝わったと感じた。難民というグローバルな課題を知ることで子どもたちの視野がひろがり、キャリア観にも変化が起きることもある。“届けよう、服のチカラ” プロジェクトが小さなアクションだとしたら、数年後、国際協力機関で働くことで自分のできることを大きなアクションに変えていきたい、という声もあって、私たちとしても嬉しく、手ごたえを感じている」


社員の自発性を高め、モチベーションを醸成するプロジェクト

驚くべきことに、この出張授業の講師はファーストリテイリングの従業員であれば誰でも担当でき、有志による自発的なプロジェクトとして運営されている。講師として出張授業に立つ従業員はサステナビリティ関連部署に限らず、役員から店舗スタッフまで社内の部署や肩書も問わない。

「サステナビリティに関わる部署の人だけが対応できるというのではなく、みんなができる。みんなにやってほしい、という想いでプログラムをつくってきた」と、新田氏。本部や店舗という垣根を超えて、すべての従業員にとって、通常の業務とは異なる視点が得られる体験として貴重な機会となっている。プロジェクトに参加した従業員の満足度は8割~9割と高い。



誰もが参加できるよう、ビジネス・社会課題解決連動チーム側も万全の準備を整える。重視するのは、誰が講師を務めても一定の品質を担保できる再現性だ。そのために、講師を務める従業員むけに丁寧かつ詳細なマニュアルを用意する。「読み込んでもらえれば不安なくできるように準備している」と、横川氏。その内容については「あれだけの資料があれば安心して授業に臨める」と新田氏も太鼓判を押すほどだ。

「自社の社員のサステナビリティに関する関心・理解が乏しい」と悩み、「社員の自発性・自分ゴト化」を課題に掲げる企業が少なくない。ビジネス・社会課題解決連動チームの丁寧なサポートがあるとはいえ、それぞれの社員が店舗や本部で自身の本来の業務をこなしながら講師の仕事を行うことになる。業務量の観点からは負担が増えるはずなのに、多くの社員が自発的に手を挙げ、プロジェクトに参加するのには何が動機となっているのだろうか。

「服を作り、販売する企業として、“ 服について知りたい ” という気持ちがモチベーションの源泉にあると感じる。実際に講師としてプログラムを教える経験、そして現場での子どもたちの反応を通じて、服の意味や価値に気づく。この” 服のチカラ”プロジェクトは社員教育の側面もあるのです」と、新田氏は見解を示した。


※つづく第三部では、ファーストリテイリングが難民支援を自社の重要課題に据える理由の他、人権やコミュニティの共存・共栄など、同社のサステナビリティ戦略について新田氏に話を聞いた。


▶ 第三部:重要課題として難民問題に取り組む理由、サステナビリティ経営の本質について



【参考サイト】

“届けよう、服のチカラ”プロジェクト


【短編映画】服の旅先―日本発のリサイクル服が、難民の少女へ届くまで


■執筆: Mami NAITO Sustainable Brand Journey 編集部
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