世界不妊啓発月間パネルディスカッション
「これからの会社に必要なこと」
不妊治療と仕事の両立のための企業の取り組み事例

(2024.7.25. 公開)


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世界不妊啓発月間いまから動きだそう
https://www.world-infertility-awareness.jp/2024

不妊に対する認識を高めるために、毎年6月に開催されている世界不妊啓発月間。

2023年4月4日にWHOが発表した報告書では、成人人口の約17.5%(世界の約6人に1人) が不妊を経験していると記載されていました。日本では、不妊の検査や不妊治療を受けている、または受けたことがあるカップルは約24.3%(4.4組に1組)で、不妊治療で生まれる子どもの数は年々増え続けています。2020年の1年間に生まれた子どもの約7.1%(約14人に1人)が体外受精で生まれているのが現状です。

大きな健康課題であり、心の面でも影響を及ぼすとされる不妊。特定非営利活動法人Fineが主催し、去る6月14日に「世界不妊啓発月間2024」の一環として、「これからの会社に必要なこと」と題した企業のCEO、人事責任者によるパネルディスカッションが行われました。

パネリストは、メルクバイオファーマ株式会社 代表取締役社長 ジェレミー・グロサス氏、住友生命保険相互会社 理事 Whodo整場事業責任者 成山育宏氏、あすか製薬株式会社 代表取締役社長 山口惣太氏、株式会社YUIDEA代表取締役社長 細矢和宏氏の4名です。進行は特定非営利活動法人Fineファウンダー・理事の松本亜樹子氏が務めました。


不妊治療と仕事の両立を考える4社の代表たち

松本氏(以下、松本):不妊治療と仕事の両立が昨今の課題になっています。まずは本日集まっていただいた4社の経営陣の方から企業紹介をお願いします。

ジェレミー氏(以下、ジェレミー):メルクバイオファーマ株式会社は、65か国で展開する社員6万人以上の会社で350年の歴史があるバイオ医薬品事業を担う企業です。「患者さんのために一丸となって、生命の誕生、QOLの向上、命をつなぐサポートをする」という強いパーパスをもっており、それに向かって全世界の社員が一丸となって取り組んでいます。日本では2007年から不妊治療やがんの領域の薬を提供しています。

成山氏(以下、成山):住友生命保険相互会社は保険会社であり、顧客の数は日本国内で約1300名です。かつては経済的ウェルビーイングとして、一家の大黒柱にリスクが起こったときに経済的にカバーすることを本業として行ってきました。現在では、経済的ウェルビーイングに加え、身体的ウェルビーイング、さらには、精神的、社会的なウェルビーイングも含めてサービスを提供するようになりました。仕事と不妊治療の両立のサポートも、この拡大するウェルビーイングの提供の中で行っています。

細矢氏(以下、細矢):株式会社YUIDEAの企業スローガンは「世の中にある価値をアクティブに!」です。元々は、首都圏で事業を展開しているパルシステム生活協同組合連合会の個配事業を支援することをきっかけにつくられた会社であり、現在は統合マーケティングコミュニケーションの視点で、顧客の企業価値向上を支援しています。ダイレクトマーケティングでは通販、eコマース、宅配などの支援を、コーポレートコミュニケーションでは企業の広報支援やサステナビリティに関する情報開示やコンサルティングサービスを、サステナブルブランディング事業では企業のパーパスを起点に、社員への浸透や社内外への情報発信のお手伝いをさせていただいており、ソーシャルグッドがあたりまえな社会の実現を本気で目指している会社です。


山口氏(以下、山口):あすか製薬株式会社は、内科、産婦人科、泌尿器科を重点領域として医薬品、処方箋薬品を主に扱っている会社です。100年前にホルモンの研究所としてスタートし、これまでも女性の健康課題解決に寄り添いながら成長を目指してきました。疾患ケア活動にも力を入れており、製品のプロモーションとは切り離して、女性の疾患情報の発信やセミナーの開催、高校への補助教材提供などを行っています。昨年からは、企業の中で女性が活躍できる環境づくりの一環として、人事部の方や男性社員に知ってもらいたい女性の健康に関する研修動画を企業向けに販売しています。

社内においても、女性が働きやすい環境づくりのための制度設計に力を入れており、不妊治療の両立支援制度、フルフレックスタイム制度、在宅勤務制度、育児休業の有給化などを進めており、産前産後休暇取得率と休暇明け職場復帰率で100%、また男性育児休業取得率も2023年は100%となりました。企業の定期健診としても、甲状腺や貧血など女性の疾患として多いものを検診メニューに組み込んでいます。今年からは、「ワークサポート応援金」という新たな制度も創設。具体的には、不妊治療、出産、育児、介護、傷病など、様々なライフイベントにより一時的に職場を離れる従業員の業務を支えるサポート従業員に対し、最大10万円を半年ごとに支給する制度を導入しました。同僚の様々なライフイベントをポジティブに受け止め、前向きになれる企業風土の醸成を目指しています。


欠かせないのは「制度と風土」

松本:不妊治療と仕事を両立しやすい環境の実現のために取り組んでいることについて、具体的に教えてください。

ジェレミー:職場環境に影響を与える3つの要素として、会社全体の環境、プログラム、リーダーシップがあると考えています。

1つめの会社全体の環境では、パーパスがとても重要です。従業員が会社のパーパス=存在意義とつながりを感じることができるように、会社全体の中に自分が含まれている、正しい企業に自分は属していると感じることができるよう、工夫しています。例えば、パーパスを理解してもらい、簡単に思い出してもらえるようにするため、トークセッションやポスター、日々のメールなどを活用しています。

2つめのプログラム、つまり制度としては、社員が国や保険システムに関係なく、不妊治療を受けることができるように社員に補助金を提供しています。日本ではYSP(YELLOW SPHERE PROJECT)というプログラムで、補助金や治療・通院のための有給休暇の付与、社員、同僚、上司も参加してのオープンディスカッションなどを行っています。

3つめのリーダーシップですが、プログラムや教育資料があっても、リーダーが課題を理解し向き合えないと、これらの制度も生きてこないと考えています。上司が通院のために早退する社員にノーといったり、同僚がネガティブな言葉を投げかけてしまっては意味がない。不妊治療と仕事の両立の鍵はとても難しいのですが、お互いが自発的に助け合うカルチャーを醸成することです。そしてお手本となるロールモデルとなり、ケアし、励まし合うような企業カルチャーが必要です。

成山:住友生命が今、取り組んでいるのは「Whodo整場(フウドセイバー)」というプロジェクト。住友生命の中の社内ベンチャーであり、2020年にスタートしました。プレコンセプションケア(Preconception care)、出生サポート、子育てサポート、女性特有の健康医療といった領域のソリューションを提供していくサービスです。

これまで住友生命は、女性が8割を超える企業であるにもかかわらず、不妊治療について権利を主張するのが難しい風土でした。社内ベンチャーとして不妊治療と仕事の両立ができるように企業制度や風土を変えるプロジェクトを立ち上げて、社内で実証実験を重ね、社外の企業にもご協力いただきブラッシュアップし、2023年からサービスとして販売をはじめました。まだまだ道半ばではありますが、少しずつ前に進んできている実感があります。不妊治療のための休暇や休職の制度をつくることも大事ですが、それを使いやすくするための風土をつくる部分をサポートしていきたいと考えています。


細矢:YUIDEAでは、環境づくり、風土醸成において大きな取り組みを行いました。
世の中が変化し、価値観が多様化していることがあると思います。それにより、当社が運用している人事制度が時代にそぐわなくなってきていると感じており、現在1年ほどの時間をかけて人事制度の見直しを行っており、来年新たな制度が導入される予定です。
新しい人事制度の基本指針は、社員一人ひとりの成長が会社の成長に重ねられること、人の成長を事業の成長につなげていくことを会社が真剣に考えること。不妊治療というテーマもそういった見直しの中でとらまえなければいけない大きなテーマです。フレックス制度や在宅勤務制度の活用など、柔軟な働き方が選択できるよう、時間をかけながら制度を整えています。

環境づくりという意味では、大きな支えになっているのが、衛生委員会の活動です。最近ではLGBTQへの理解を深めるための社内勉強会が企画され、たくさんの社員が参加しました。多様な視点をもつことを積み重ねていくことが柔軟性のある組織づくりにつながっていくと考えており、こういったボトムアップ型の取り組みも積極的に応援していきたいと思います。

山口:制度と風土は非常に重要ですが、制度は会社が腹をくくればある程度はつくることができます。その先にある、できた制度を利用する人もしない人も、その制度が当たり前のように腹落ちして、活用される状態にもっていくことが大事だと思います。
当社もいまそこに取り組んでおり、延べ100時間をかけて、経営陣が社員と対話する機会をつくりました。会社の方向性について話す中で、人事制度についても、どういう目的でこの制度をつくったのか、どうしてこの制度が必要なのかを経営陣が語り、社員と対話を重ねました。風土づくりというのは、短い時間でできるものではありません。地道に実践し、対話していくことでしか変わっていかないと考えています。



制度を整えることで変わってきたこと

松本:不妊や不妊治療は、昔から声にしない人が多いためになかなか認知してもらえないという課題があると思います。不妊治療と仕事の両立のために、制度を整え、風土を変えていくことを少しずつ実践している中で、従業員の方から「この取り組みがあってよかった」というようなうれしい声があれば是非聞かせてください。

山口:制度で特に喜ばれているのがフルフレックスです。会社の不妊治療の制度を積極的に使っている人もいる一方、不妊治療をしていることを会社には言いたくない人もいます。フルフレックスでは、特に理由を説明する必要なく、自分の都合で、しかも中抜け1分単位で使うことができるので、不妊治療中の人はもちろん、介護や育児に取り組まれている方など様々な方が利用しています。

細矢:当社は不妊治療にフォーカスした制度についてはまだ検討段階ですが、フレックスや在宅勤務制度など柔軟性のある働き方を段階的に整備してきました。以前は、は柔軟な働き方が選択できないことで、休職や退職という選択をせざるをえない方もいましたが、制度が整ったおかげで仕事を続けられるようになってありがたいという声をいただいています。会社に愛着があったり、仕事にやりがいを感じている社員の方々が働き続けられる制度や組織風土をつくることは会社の使命だと思います。

成山:住友生命社内のアンケートで初年度と昨年度を比べると「不妊について話をしやすくなった」という声が増えてきています。ソリューションを活用していただいている企業様のアンケートでは、第3者が実施することでこれまでは人事に言いにくかったことを率直に記載いただくことができ、人事部門の方からは、自分たちでは集められないような率直な声、厳しい実態に気づくことができたというお声をいただきました。こういった輪をさらに広げていきたいです。

ジェレミー:YSPのプログラムは2017年のスタートから多くの社員に活用されており、その反応はとてもポジティブです。「社内で妊活や不妊治療についての話をしやすくなった」「同僚に妊活や不妊治療の話をしてもいいんだと思えるようになった」「このプログラムや当社の製品のおかげで子供を授かることができた」という声をもらっています。


当事者も、周りの人も納得感のある環境を

松本:社内で妊活や不妊治療の話ができるという風土はすばらしいですね。しかし一方で、こうした制度ができると、当事者でない方の中に必ず不公平感を持つ方が現れます。あすか製薬では、そういった不公平感を解消するために「ワークサポート応援金」という制度があるとのことでしたが、もう少し詳しく聞かせてください。

山口:育休、産休、不妊治療などで一時的に会社を休むことができる制度を多くの方に利用してほしいものの、一方で、その人が休むために仕事を周りの人に分担しないといけないという事実があります。周りにいる支える人たちに手当を出したいと考え、今年から「ワークサポート応援金」を導入しました。この制度では、仕事を請け負う人たちに、半期ごとに最大10万円の支援金をお渡しします。これにより、制度を使う人もそうでない人も、腹落ちして利用者を送り出せるような風土をつくっていきたいと思っています。

松本:制度を利用する当事者だけでなく、その周りで働く人も応援したいという会社の気持ちが、働く人にとってはうれしいものだと思います。最後に、不妊と仕事の両立を目指し、働く人を大切にする企業として大切にしていることをお話しください。

ジェレミー:企業だけでなく、もっと広い議論が必要だと思います。様々な企業、NPO、政府、生活者のみなさんと一緒に、不妊と仕事の両立について議論し、解決していきたいです。

成山:私自身が治療経験もあるし、管理職経験もあるので、不妊と仕事の両立については積極的に取り組んできました。会社生活を30年も40年も全力で走り続けるのは大変なことだと思います。どこかで、1~2年、人によっては5年、10年、ちょっとスピードを緩めないと自分の体がもたない、家庭がもたないということがあるのではないでしょうか。100%で頑張れる人だけが活躍できる会社でなく、ペースダウンすることが許される会社、社会であってほしいと願います。それは不妊治療に限らず、どんな状況の人でも、男性でも、女性でも同じです。個々人のペースにあった働き方を認めるような仕組みや風土を会社の中で、また日本全体として広げていけるように、これからも様々な場面で発信をしていきたいと思います。

細矢:社員一人ひとりの成長と会社の成長を重ねたいという話をしましたが、日々の疑問として、毎日の暮らしと働くということを、会社が同一視できていない部分があるのではないかと思っています。社員の人生と会社の歩みは、重ねる・重ねないでなく、重なっている。それをなぜか分離して考える文化があったのではないでしょうか。重なっていることを前提とした制度、風土づくりがこれからの会社にとって大事なこと。社会全体でそのような風土をつくっていくことは自社だけではできないことなので、同じ志をもった企業や生活者のみなさまと一緒に考え、変えていければと思います。

山口:不妊治療と仕事の両立というテーマでのディスカッションでしたが、私も風土と環境の整備が重要だと思います。頭では理解していても、腹落ちしていない部分をどう腹落ちさせていくのかというところが特に重要です。企業が率先して取り組んでいくのは、当事者だけでなくその周りの方々も納得できる環境をつくっていくこと。風土を変えていくのは時間がかかるので地道にやっていくしかないですし、いろいろな企業や団体と協力して、みんなで変えていくものだと思っています。

少子化や労働人口の減少が課題となる社会において、妊活や不妊治療をしている人たちが働きやすい環境が、その他の人にとっても働きやすく安心できる環境になるために、どのような制度や風土が必要なのか。そしてそれをどのように醸成すればいいのか。これからの会社に求められる要素について考えるためのヒントとなるセッションでした。



■執筆:contributing editor Chisa MIZUNO
#ウェルネス #ビューティ #コンセプトメーカー #全国通訳案内士

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