【サステナブル・ブランド国際会議2024】守りの人権から攻めの人権へー先進企業の取り組み事例

(2024.4.3. 公開)

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2024年2月21・22日に、東京国際フォーラムにてサステナブル・ブランド国際会議2024東京・丸の内が開催されました。今回は、今転換期を迎えている「ビジネスと人権」についてのセッションを紹介します。

セッション『「ビジネスと人権」、転換期の新たな挑戦』


登壇者
• 株式会社オウルズコンサルティンググループプリンシパル 矢守 亜夕美氏(ファシリテーター)
• 株式会社リクルートサステナビリティ推進室室長 菊地 明重氏
• 日本たばこ産業株式会社サステナビリティマネジメント部長 向井 芳昌氏
• 株式会社アシックスエグゼクティブアドバイザー 吉川 美奈子氏

転換期を迎える「ビジネスと人権」

(昨今のビジネスと人権を取り巻く状況について話す矢守氏)

昨年(2023年)は、エンタメ業界での人権問題が日々ニュースで取りあげられるなど、生活者にとっても「ビジネスと人権」がより身近な問題となりました。

「どの企業にとっても他人事ではなく、すべての企業が取り組むべきという認識が業種問わず一気に広がっている。また、人権侵害をしないという守りの人権だけではなく、社会に存在する人権問題をビジネスを通じて解決していくという攻めの人権対応が注目されている。」セッション冒頭でそう語ったのは、ビジネスと人権に関して企業の支援を行うオウルズコンサルティンググループの矢守氏です。

いま、企業はどのような取り組みが必要とされているのでしょうか。今回のセッションでは、さまざまな角度からビジネスと人権に取り組む3社の取り組みが紹介されました。


サプライヤーも従業員も。人権への取り組みを拡大するアシックス

(サプライチェーンにおける人権DDについて説明する吉川氏)



アシックスでは、人権方針の策定からサプライヤーのモニタリング、キャパシティビルディング、情報開示といった流れで人権デューデリジェンスを実施しています。吉川氏の話の中で印象的だったのは、サプライヤーの先にいる労働者への配慮がしっかりとされている点です。

その配慮がうかがえる点の1つ目が、アシックスの実践する「公正な購買慣行」です。「私達のサプライヤーに対する購買の慣行が不公正であれば、その先の労働者にしわ寄せがいくことになる。発注計画の事前共有や、支払期間の遵守等を確認し、開示をするようにしている。」と吉川氏は話します。

2つ目が、「工場閉鎖に伴うガイドライン」の設定です。工場側の都合も含め、事業をしているとあらゆる事情で工場を閉鎖することがありますが、そうなった場合、5,000〜6,000人の職が失われることになります。「工場側には事前に情報を共有してもらい、工場が労使協議や労働者への十分なリードタイムを持った通知、退職金の支払い等をしっかり行っているかを当社が確認している。」と吉川氏は話します。

続いて紹介されたのは、従業員の人権を守るという文脈でのカスタマーハラスメント方針の設定です。カスタマーハラスメント、略して「カスハラ」に関しては、厚生労働省も企業向けの対策マニュアルを整備するなど取り組みが進んでおり、悩んでいる企業も少なくありません。

アシックスでも実際に、店頭で接客をする従業員やスポーツ団体等と付き合いのある従業員が、過剰なサービスの要求やセクハラに合うケースもあったといいます。「お客様に対してサービスをするというのは当然のことですが、過剰な要求があった時でも、上司も含めてお客様に対応しなければと思ってしまうのが実情。そこで、会社としてそれ以上対応しなくて良いというラインを明確にし、従業員に対して、あなたたちはしっかり守られているというメッセージを示している。」と吉川氏は話します。

これに対しては矢守氏も「どの企業も、外からの社員の人権侵害に関しては、見落としがちなことが多い。」と、川上から川下まで、人権というテーマを広く捉えたその取り組みに支持を示しました。

アシックスでは、本業を通じて世の中の人権問題の解決に寄与するという攻めの人権についても取り組みを進めています。具体的には、NPOとの協業により、世界中の難民の子どもたちにスポーツの機会を提供。それを通じて、前向きに生きることやリーダーシップについて伝えています。


企業目線から社会目線へ。人権対応の考えをシフトさせるJT

(JTグループのパーパスやマテリアリティについて説明する向井氏)

昨年「心の豊かさを、もっと」というパーパスを策定したJT。パーパスの策定においては、以前マテリアリティに入っていた「人権尊重」という言葉をあえてなくしたと言います。「人権は、我々が掲げている5つのマテリアリティの根底に通じる概念として考えているため」とその理由を語るのは、JTの向井氏。マテリアリティの下にはそれに紐づく25項目のターゲットを設定し、パーパスを経営にしっかりと組み込む形で取り組んでいます。

JTでも、2016年に策定した人権方針に基づき人権デューデリジェンスを実施していますが、中でも「情報開示」に注力しているのが特徴的と言えます。2021年には、ビジネスと人権に特化した「人権報告書」を発行。特定した9つの顕著な人権課題それぞれに対して開示を行っています。

「人権への取り組みは、1年で報告して終わりではない。我々は130カ国でビジネスを展開しているが、リスクの高い国を優先して評価を実施し、発見された課題やその対策・進捗について開示をしている。」と向井氏は、継続した取り組みの重要性を語りました。例えば、葉たばこのサプライチェーンにおいて顕著な人権課題の1つである児童労働に対しては、2011年から根本解決に向け取り組みを続けています。

日本企業ではまだ珍しい人権報告書を発行している背景について聞かれた向井氏からは、攻めの人権を実践していく際のポイントとなる考え方が提示されました。「これまでは、企業目線から人権をリスクとして捉えてきたと思う。ただ、人権を企業のリスクとして捉えると、人権上の問題はありませんでした、と開示するのが正しいことになり、その考え方は危ないと思っている。人権デューデリジェンスを実施した結果、見つかった課題をどう解決していくかを開示していくことが重要だと思っている。」と向井氏。

オウルズコンサルティングの矢守氏によると、人権の課題を隠したくなってしまう企業は多く、それでは本質的な取り組みに繋がらないと言います。

(JTの投影資料より抜粋)

「JTでは、人間は自然の一部であるというところに立ち返った上で、人権をはじめとしたサステナビリティ課題に取り組んでいきたいと考えている。企業というものは社会の一部であり、我々が生かされている社会の課題をしっかり解決していくことが重要になってくる。」と企業目線を超えた社会目線での取り組みの重要性を語りました。


パートナーシップで人権問題の解決を目指すリクルート

(リクルートの人権方針について説明する菊地氏)

人権への取り組みに関しては、やはり製造業が先行しており、非製造業に関しては事例も少ないのが現状です。しかし昨今、非製造業でも人権への対応が求められるようになってきています。リクルートの菊地氏からはまず、リクルートの考える人権概念についての話がありました。

リクルートグループが創業以来大切にしている「一人ひとりが輝く豊かな世界の実現」と、そのための機会の提供。これらは、国連ビジネスと人権に関する指導原則で掲げられている3つの柱※を実現した結果として成り立つものであるという説明がありました。これは、リクルートの企業運営の根幹であり一番大切にしていることが、ある意味人権であるということを意味します。

(リクルートの投影資料より抜粋)

※(a) 『人権を保護する国家の義務、(b) 人権を尊重する企業の責任、(c) 救済へのアクセスの3つを柱として、あらゆる国家及び企業に、その規模、業種、所在地、所有者、組織構造にかかわらず、人権の保護・尊重への取組を促すもの』ー今企業に求められる「ビジネスと人権」への対応ー概要版│法務省

そんなリクルートからは、本業を通じて社会にある人権問題を解決する攻めの人権の事例が紹介されました。例えば、高齢者や障がい者など何らかの理由で外出が困難になり、美容サロンに行くのを諦めている方向けに訪問美容支援を実施していると言います。

またリクルートでは、旅行関連サービス「じゃらん」や住宅関連サービス「SUUMO」などのマッチング事業を展開しています。人権デューデリジェンスやステークホルダーとの対話を行う中で見えてきたのが、マッチングサービスに掲載しているクライアント企業と、そのサービスを利用する個人ユーザーの間に起こっている問題です。例えば、「じゃらん」では掲載されている宿泊施設で障がい者の方が受け入れを拒否されたり、「SUUMO」では外国籍の方が賃貸するのが難しかったりといった現状が見えてきたと言います。

こうした課題に対して、リクルートではクライアント企業向けに無料で人権啓発研修を実施しています。「こうした課題を我々だけで解決するのは難しい。であれば、クライアントといっしょに勉強し、どうすれば良いか一緒に考えていこうという話から始まった。クライアント企業の中には、自社内に人権の組織や担当者を置けない企業もあるため、そうした企業でも気軽に参加できるようオンラインで実施している。この取り組みは今後も継続したい。」と菊地氏は話します。

パートナーシップの重要性については、JTの向井氏からも話が上がりました。「見つかった課題を解決していこうとすると、どうしても我々だけでは解決できないため、関係する他の方々と組んで解決していこうということになる。」と、課題の解決を目指した結果、パートナーシップの実現に繋がっていることがわかりました。


これからの時代の「ビジネスと人権」

セッションを通して浮かんできたキーワードは「パートナーシップ」や「企業主語から社会主語」といった言葉。社会に存在する人権問題を解決していくには一社の力だけでは難しく、会社や業界といった垣根を超えて、ともに取り組んでいくことが重要になってくるのではないでしょうか。


【参考】
今企業に求められる「ビジネスと人権」への対応ー概要版│法務省


■執筆:contributing editor Eriko SAINO
#ファッション #トレーサビリティ #エシカル消費 #人権 #フェアトレード #気候正義

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