いま知っておきたい生物多様性
企業が取り組む理由とブランド価値向上に繋がる事例


(2023.6.13. 公開)

#生物多様性#国際生物多様性の日 #ネイチャーポジティブ #30by30目標 #TNFD #竹 #里山 #価値向上 #農場

毎年5月22日は、国連が定めた「国際生物多様性の日」です。国際生物多様性の日は、生物多様性問題に関する普及・啓発を目的に定められたもので、世界各地でその年の共通テーマに沿った普及イベントが開催されます。生物多様性の問題は、どこか遠くで起きている話ではなく、私たちの身近なところでもその影響が生じています。生物多様性の問題は、私たちの生活にどんな影響を与えるのか、国や企業はどのような取り組みを進めているのか、ご紹介します。


なぜ、いま生物多様性に取り組むのか

そもそも生物多様性とは、長い地球の歴史の中で生まれた約3000万種とも言われる生きものたちの、豊かな個性と繋がりのことを指します。そんな生物多様性はいま急速に失われており、実は私たちの人間活動は生きものたちの絶滅スピードを1000倍に加速させているとも言われています。

生物多様性の喪失は私たちの生活にどのような影響を与えるのでしょうか?例えば身近なところでは「食」への影響が挙げられます。いま世界的に、花粉を運ぶハチ等の送粉者が減っているという現状があります。花粉媒介者の喪失により、年間市場価値で2,350億ドルから5,770億ドルに上る世界の作物の生産が危機にさらされていると言われます。ハチ等の花粉媒介者に依存する多くの作物、例えば果物や野菜、ナッツ、コーヒー、ココアなどがこれにより影響を受けます。このような身近な食材が影響を受けることから、生物多様性への取り組みは、生活者と接点が強い toC企業にとっても重要なテーマであると言えます。


世界は生物多様性保全に向けた取り組みを加速

(画像出典:ネイチャーポジティブ経済の実現に向けて│環境省

このように生物多様性は、経済上大きなリスクとして認識されています。自然資本に依存している経済価値創出は約44兆ドルにのぼり、これは世界の総GDPの半分以上にあたります。2021年のG7サミットでは、2030年までに生物多様性の損失を止め回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」が世界的な使命として確認されました。翌年2022年のCOP15では、2030年までの新たな世界目標として「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択され、陸域と海域の30%以上を保全する「30by30目標」などが行動目標として位置づけられました。

生物多様性への注目が集まる中、「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)」が着想され、自然関連リスクに関する情報開示フレームワークの構築が進められています。これは、企業や金融機関が自然資本や生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価・開示する枠組みで、ステークホルダーで構成される国際組織TNFDフォーラムには日本からも官公庁をはじめ、多くの企業が参画しています。多くの企業が生物多様性に関心を寄せる中、以下では生物多様性保全を生活者とのコミュニケーションに活かしている企業事例を紹介します。


【事例】大人も子供も楽しめる、カゴメの「生きものと共生する農場」

(画像出典:KAGOME野菜生活ファーム│カゴメ株式会社

自然の恵みを活かして事業を行っているカゴメにとって、生物多様性保全は重要な意味を持ちます。長野県八ヶ岳のふもとに位置するカゴメ野菜生活ファーム富士見には、「生きものと共生する農場」があります。「生きものと共生する農場」では2つの目標を掲げています。1つ目は、畑の周りでさまざまな生きものが暮らせるように、農場内の環境を整えること。2つ目は、害虫の天敵など農業に役立つ生きものを畑に呼び込み、生きものを活用した農業を行うことです。

畑では、これらの目標を達成するためにさまざまな「しかけ」を作っています。例えば、作物を荒らすネズミを食べてくれるフクロウを呼び込むための「フクロウの止まり木」や、害虫を食べてくれるドロバチが子育てをする「竹筒マンション」、クモやトカゲの隠れ家となる「石づみハウス」などです。「畑の生きものクイズラリー」では、畑を囲むように設置されたクイズに答えていくうちに、生きものと共生する数々のしかけが理解できるよう設計されています。クイズラリーは、大人も子供も楽しめる、生きものへの親しみを持つことができるコンテンツです。カゴメ野菜生活ファームには「畑の生きものクイズラリー」の他にも、野菜の収穫体験や工場のVR見学などさまざまな体験コンテンツが用意されています。カゴメ野菜生活ファームは、カゴメの事業の根幹である農業やそれを支える生物多様性について、生活者とコミュニケーションできる場所となっています。


【事例】紙の購入で生物多様性保全に貢献できる、中越パルプ工業の「里山物語」


(画像出典:会社HP│中越パルプ工業株式会社

カゴやザル、茶道の道具など日本では古くから竹が身近な日用品の材料として使用されてきました。しかし、プラスチック製品への代替や海外からの輸入、生産者の高齢化等により、国内における竹材生産は衰退し、日本ではいま放置竹林等が問題になっています。繁殖力が旺盛な竹が繁茂すると、竹よりも背丈の低い樹種などの成長に悪影響を与えます。そうなると、それらの樹種に巣を作り暮らしていた鳥類や昆虫類の種数も減少し、生物多様性の低下に繋がると言われています。

このような竹林放置とそれによる生物多様性減少といった問題に取り組むのが、中越パルプ工業株式会社の「竹紙」と寄付金付き製品の「里山物語」です。中越パルプ工業は、放置されている国産竹を製紙原料とした「竹紙」を開発し、1998年から商品化に取り組んできました。「里山物語」は、本来は製紙に使用されない国産間伐材をクレジット方式で最大限活用した商品です。「里山物語」を購入するとその一部が里山保全の活動団体に寄付され、紙の購入で誰もが生物多様性に貢献できる仕組みとなっています。寄付金がどの活動団体に使われたかといった情報はウェブサイト上で公開しているため、購入者は自らの購入行動が里山の保全に繋がることを実感できます。


【事例】ブランド価値向上にも繋がる、生物多様性認証マーク

(画像出典:【琵琶湖ホテル】「令和4年度しが生物多様性取組認証制度」で最上級認証の「3つ星」を取得│京阪ホテルズ&リゾーツ株式会社

「しが生物多様性取組認証制度」は、生物多様性に関する事業者の取り組みを1〜3つ星で知事が認証する滋賀県の制度です。事業者の取り組みをしっかりと見える化することで、ブランド価値の向上や生物多様性に取り組むことの重要性を普及啓発します。他の自治体でもトキやコウノトリなど特定の生物に関する認証や生物多様性全般に関する認証制度が実施されています。

滋賀県のシンボルでもある琵琶湖のほとりにある琵琶湖ホテルは、2023年、ホテル・宿泊業では初めての3つ星を取得しました。琵琶湖ホテルは「里山」をテーマに20年以上に渡り取り組みを実施してきました。例えば、「里山の食彩プロジェクト」は地域の農業と美しい風景を守ることを目指し、地域で採れた食材を多く提供しています。また、琵琶湖ホテルには「小さな里山」があります。これは2009年に実施された取り組みで、ホテルの湖側の植栽スペースに約130種類の里山の植物が植えられました。多様な生物の宝庫である〝棚田の畦〟をモチーフにしており、レストランでも棚田米を提供していることから、お米のできる環境に想いを馳せてもらいたいという意図があります。

2018年に「しが生物多様性取組認証制度」で3つ星を取得した企業に、パナソニックの名前があります。パナソニックくらしアプライアンス社草津拠点では、「共存の森」を中心に、周辺の里山や緑地を回廊(コリドー)でつなぎ、生物の生息空間の確保を目指すエコロジカルネットワーク構想を掲げています。2011年から継続して実施しているモニタリング調査では840種の動植物が確認されるなど、都市化が進む地域において重要なビオトープになっています。「森の里親活動」では、敷地内から採れるどんぐりを社員が家庭で栽培し、その苗木を共存の森に植え付けています。このような社員参加による保全活動の他、自治体や学校など地域の人とのコミュニケーションの場としても活用されています。


今後ますます重要になる生物多様性保全

生物多様性は私たちの暮らしと密接に関係しており、生物多様性の喪失が身近な食や経済に大きな影響を及ぼすことがわかりました。事例で見たように、生物多様性保全への取り組みを生活者とのコミュニケーションに活用することは、企業のブランド価値向上にも寄与すると考えられます。TNFDフレームワークは現在ベータ版の開発が進められており、2023年9月に市場導入が予定されています。企業は今後ますます生物多様性への取り組みを求められるようになると考えられます。


【参考】
生物多様性 Biodiversity│環境省
花粉媒介者、花粉媒介及び食料生産に関するアセスメントレポート政策決定者向け要約(抄訳)│IGES
生物多様性に関する国際的な議論の潮流とTNFDベータ版フレームワークの概要│三菱UFJリサーチ&コンサルティング
ネイチャーポジティブ経済の実現に向けて│環境省 自然環境局
生物多様性保全│カゴメ株式会社
生物多様性の保全と土着天敵の利用を両立させる仕掛け│カゴメ株式会社
カゴメ野菜生活ファーム富士見の畑で“生物多様性保全”に配慮した農業を開始│カゴメ株式会社
会社HP│中越パルプ工業株式会社
竹の利活用推進に向けて│林野庁
Q&A 生物多様性と私たち│公益財団法人イオン環境財団
【琵琶湖ホテル】「令和4年度しが生物多様性取組認証制度」で最上級認証の「3つ星」を取得│京阪ホテルズ&リゾーツ株式会社
琵琶湖ホテル│国土交通省
生物多様性保全 エコロジカルネットワーク構想│パナソニック株式会社
環境:生物多様性保全│パナソニック株式会社
•TNFDの最終ドラフト、具体的な開示指標案も提示される| CSRコミュニケート


■執筆:contributing editor Eriko SAINO
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