【サステナブルブランド国際会議2023東京・丸の内】日本におけるウェルビーイング実現のためのヒント


(2023.4.19. 公開)



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2023年2月14・15日に、第7回サステナブル・ブランド国際会議が開催されました。87あるセッションの中で目を引いたのは、「ウェルビーイング」という言葉の多さです。今回は、日本におけるウェルビーイング実現のためのヒントという切り口でいくつかのセッションを紹介します。


ウェルビーイングの有益性とは?

招聘講演「まちづくりとウェルビーイング」では、慶應義塾大学の前野隆司教授から、ウェルビーイングの定義や日本での動向についての説明がありました。前野教授によると、そもそもウェルビーイングとは「良好な状態」を意味し、身体の良い状態である健康、心の良い状態である幸福、社会の良い状態である福祉を包み込む概念です。「well-being」という言葉は、1948年に効力が発生したWHO憲章の前文で初めて述べられました。憲章の中でウェルビーイングは、「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と説明されています。前野教授によると、個人の心が幸福であるというのは以下の4つのような状態であると言います。

1. 自己実現と成長(やってみよう因子)・強み・主体性
2. つながりと感謝(ありがとう因子)・利他・多様性
3. 前向きと楽観(なんとかなる因子)・チャレンジ精神
4. 独立と自分らしさ(ありのままに因子)・自分軸

ウェルビーイングであることにはさまざまな良い点があります。ある研究では、幸福な人はそうではない人と比較して7.5〜10年長寿であるという結果が出ています。また幸福感の高い社員は、そうではない社員と比較して創造性が3倍、生産性が31%、売上が37%高いという結果も出ています。こうしたウェルビーイングの有益性から、日本でも各省庁がそれぞれの政策に、ウェルビーイングの視点を取り入れ始めています。しかし日本人のウェルビーイングはどうかというと、世界幸福度ランキング(World Happiness Report)では先進国の中で最下位。測り方が異なるオランダのWordl Database of Happinessでも先進国の中で中位程度だと言います。「裏を返せばまだ伸びしろがあり、今後高めていくべきだと思う」と前野教授は話しています。


地方におけるウェルビーイング実現に必要なものとは?

(画像出典:逆参勤交代Project)

セッション「Wellbeingを目指すニューノーマル時代の社会づくり〜多様な関係者と事業を形成し、より良い社会をつくるには〜」では、登壇者から地域の持続可能性向上や住民のウェルビーイング増大のための多様な連携やパートナーシップの取り組みが紹介されました。

株式会社三菱総合研究所の松田智生氏からは「逆参勤交代」プロジェクトの紹介がありました。逆参勤交代は、都市と地方の双方でウェルビーイングに必要なコミュニティや生きがいを実装するのに役立っています。参勤交代は言わずと知れた江戸時代の制度ですが、その逆をやろうという試みです。つまり逆参勤交代は、都市から地方へ人の流れをつくります。さらにその流れと共に地方でオフィスや住宅、ITインフラを整備することを目指しています。2017年から全国さまざまな場所でトライアルが行われており、例えば2022年9月には首都圏のビジネスパーソンが3日間、静岡県浜松市での逆参勤交代プログラムに参加しました。参加者は東京で浜松市講座を受けた後、現地で定住者や移住者との意見交換やリノベーションされた建物や街、コミュニティスペース、スタートアップ拠点等の視察を行いました。最終日には浜松市の魅力や課題を深堀りし、市長に向けてプレゼンテーションを実施しました。

こうしたプログラムを全国で行い、その中から好事例も出てきていると言います。例えば北海道の上士幌町に逆参勤交代をしたアクサ生命の社員は、町長にSDGs推進を提言したところ、アドバイザー就任の依頼をされたそうです。その後、SDGsを推進していった結果、上士幌町はSDGs未来都市に選定されSDGsアワードで内閣官房長官賞を受賞しました。「逆参勤交代により、個人も、企業も、地域も喜ぶ三方良しが実現できる。大企業の社員等、マスボリュームを動かすことが今後の課題であり、そのためには政策や制度設計、法人税の優遇などに踏み込んで取り組んでいくべき」と松田氏は今後の展望を語りました。

損害保険ジャパン株式会社の酒井香世子氏からは、NPOや自治体、企業と協働した地域防災の事例が紹介されました。損保ジャパンの従業員が副業として取り組むのは、岡山県の災害時の支援物資運搬の仕組みづくりです。

有事の際にすぐに対応できるよう、地域のタクシー会社と協力しタクシーの空きスペースに支援物資を常備することになりました。また地域の企業が有事の際に提供できる物資を「できるかもリスト」にして共有をしています。背景には、近年の気象災害の激甚化があります。「気象災害の頻度や強度の増加は、保険金支払額の増加という形で影響が出ており、近年は1兆円を超える年も普通にある。何か発生した時に保険金を支払うということ以上に防災や減災に力を入れていく必要がでてきている。そのためには地域やNPO、自治体、企業等と協働で取り組んでいく必要があると考える」と地域と連携し社会づくりをしていく必要性を語りました。

また別のセッション「ウェルビーイングはSDGsの難問を解けるか~信頼できるエビデンスに基づいての検証 / 歴史に学ぶ日本流サステナブルウェルビーイング」に登壇した松阪市の竹上真人市長からは、官民の連携で地域のウェルビーイング向上に取り組む事例が紹介されました。「松阪市では今、新しい公の形をつくろうとしている。日本人は白黒はっきりつけたがるが、官と民の境目をもっとグレーにすることで官民の交わる部分を増やしていきたい」と竹上市長は話しています。官民をグレーにする例としては、住民が主体的に運営するコミュニティーセンターや、多様な福祉ニーズに対応する福祉まるごと相談室という取り組みがあります。福祉まるごと相談室は、これまで相談待ちの受け身の姿勢が一般的だった行政の福祉を、地域へ出向くアウトリーチ型の福祉に変えていこうという試みです。行政が地域と協働することで、地域の実情に合った運用や運営を行うことが期待されています。


日本とデンマーク、幸福度の違いは教育にあった?

「日本ならではのWell-beingとは?ー幸せの国デンマークからの応援歌ー」のセッションでは、世界幸福度ランキングで2位のデンマークの教育について語られました。現地に20年以上住む、文化翻訳家のニールセン北村朋子氏によると、デンマークの人にウェルビーイングについて聞くと「そこに、あなたも、あなたのまわりの人も、あるがままに存在し続けられること」といった趣旨の回答が多いと言います。それはすなわち自尊心を大切にするということでもあります。教育機関では以下の7つを大切にしているところが多いそうです。

1. 自然の中で友達と思い切り遊び尽くす
2. ファンタジーに思う存分浸る
3. やってみたいことを失敗や評価を気にせずやってみる、五感を解き放つ
4. 本音で対話ができる
5. 自分を信頼して見守ってくれる
6. 家族や友達が必要なときに必要なだけじっくり話を聞いてくれる、向き合ってくれる
7. いつでも違う世界に没頭することができる、読書や音楽スポーツなど文化の入口を知って自ら入り込む

「日本では若者や子供はこのような当たり前の権利を享受できているだろうか」とニールセン北村氏は会場に問いかけます。

デンマークでは、子供の主体性やチャレンジ精神を育む自然の中の幼稚園も多く「自然の中の遊びは、屋内環境よりも複雑かつ多様。危険な遊びもあるが、それが子供たちの精神的肉体的挑戦の経験機会となる」とニールセン北村氏は話します。

2000年頃にスウェーデンで行われた調査では、自然の中の幼稚園の子供は都会の幼稚園の子供と比較して、病気にかかりにくく集中力があり運動能力に優れているという結果が出ています。さらに保育士の欠勤率も3分の1ほどだと言います。

同セッションに登壇していた株式会社ベネッセホールディングスの岡田 晴奈氏は「子供に限った幸福度に関するアンケートでは、日本はOECD加盟国中で37位という結果。学力は高いけれど、社会的な関係性構築が低いなど。子供が幸せだと感じられていない国はどうなんだろうと考える。子どもたちが幸せだと感じられる社会にしていかないとと思うし、そのためにできることがあればやっていきたい」とその想いを語りました。「よく生きる」を企業哲学として掲げているベネッセは、2022年12月に「ベネッセウェルビーイングLab」を設立しました。「あらゆる人のウェルビーイングに対する考え方や実践事例などの情報発信や対話機会の提供により、社会のウェルビーイングの前進に寄与していきたい」と岡田氏はその展望を語っています。


江戸時代の方がウェルビーイングな社会だった?!

セッション「ウェルビーイングはSDGsの難問を解けるか~信頼できるエビデンスに基づいての検証 / 歴史に学ぶ日本流サステナブルウェルビーイング」に登壇した日本創造学会の奥正廣氏からは、江戸時代のウェルビーイングについて解説がありました。「石油などが枯渇していく中で、今後はいかに持続可能な社会を作っていけるかが重要。つまり物質生産・消費・廃棄を減らしいかに生きがいのある生活様式を構築するかが課題となる。その点で、高いウェルビーイングが実現されていたと考えられる江戸後期から明治初期までの日本が参考になるのではないか」と奥氏は話します。数年に渡り調査を行った奥氏によると、そもそも熱力学に基づく生物経済学からの持続可能性の条件として、人口抑制とエネルギー消費抑制は必須とされています。その点で江戸時代は、土地開発や食糧生産の限界で人口が3千万程度で安定していました。士農工商も階級差というよりは流動的であり、地域経済格差や貧困は少なかったとされています。多くの人にとって、いかに平和で持続可能な社会を維持し各職分・生活に生きがいを見出すかについて、多様な思想家がその解決を模索していたと言います。

前述した松阪市の竹上市長も同様に、現代のヒントと成りうる江戸時代の松阪の様子について語りました。実は松阪市は、国学者の本居宣長、三井グループ創始者である商人の三井高利、北海道の名付け親である松浦武四郎など数々の偉人を輩出してきた街でもあります。その背景には「自由」というキーワードがありました。江戸時代、都市というのは、城主や支配階級の武士がいる城下町でした。松阪はそんな江戸時代にあって、城主や武士の支配を受けない治外法権のような街だったのだと言います。そして武士の代わりに約250年に渡り街を治めていたのが、商人郡です。

「城主や武士のいない自由闊達な雰囲気があったからこそ、大きな商人郡が成功したのではないかと考える。すでに挙げたような偉人から学べる①独自性の追求、②風通しの良い職場、③スピード感といったことが今後の行政には必要であり、それがひいては市民のウェルビーイングに繋がると考えている」と竹上市長は松阪市ならではの考えを述べました。


ウェルビーイングな社会の実現に向けて

岸田内閣の目指す「新しい資本主義」におけるデジタル田園都市国家構想においても、地域幸福度(Well-Being)指標の活用が検討されています。現在は幸福度が先進国の中でも低いと言われている日本ですが、この先状況は変わりうるのでしょうか。ウェルビーイング研究の第一人者である前野教授は、「閉塞感を感じて日本はもうだめだ、と思うと上述した楽観性(なんとかなる因子)が足りず創造性も発揮できなくなる。私達の未来は明るい。実は日本でも90歳や100歳の人々の幸福度はすごく高いというデータもある。そういう人々と共に、世界一幸せな国は日本だねと言われるよう、取り組んでいきましょう」と、講演の最後に前向きなメッセージを届けてくれました。


【参考】
健康の定義│公益社団法人日本WHO協会


■執筆:contributing editor Eriko SAINO
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