産経新聞社『フェムトーク コミュニティ』(経産省フェムテック支援 R4年採択事業)が提起する“相互理解”の現在地

(2023.2.7. 公開)

#フェムテック #女性活躍 #働き方 #生理用品 #研修 #ウェルビーイング #ジェンダー#育児休暇 #多様性

産経新聞社が手掛ける『フェムトークコミュニティ』は、月経・妊娠・出産・更年期など、働く女性のさまざまな"心"と"からだ"の悩みについて、匿名で気軽に話すことのできる場として2022年8月に開設された。このプロジェクトは、経済産業省による「フェムテック等サポートサービス実証事業(令和4年度)」の採択事業の一つでもある。こうした政府の働きかけもあり、フェムテック・フェムケア市場は年々、拡大している。
PMS、産前産後、更年期等に起因する体調不良は、あくまでも個人の問題とみなされてきた。あまりにも長くそうした風潮が続いたために、女性たちにとっては「ガマンすることが当たり前」になりすぎた。男性中心の社会のなかで「甘えてはいけない」「弱音を吐けない」と、仕事をがんばりたいという気持ちが強いほど、つらさを押し殺してきた。

しかし、時代の潮目は変わった。これまでタブー視されてきた、あるいは社会的に「見えないもの」とされてきた女性たちの健康課題を顕在化し、ホルモンや性にまつわる情報をオープンに発信・シェアしながら「みんなの問題」として考え、すべての人にとって生きやすい社会の実現を目指す。そうした動きが今、大きな変革を生み出そうとしている。
『フェムトークコミュニティ』を運営するだけにとどまらず、産経新聞社の各メディアで包括的にフェムテック・フェムケア関連の情報発信に取り組む、産経新聞東京本社 メディア営業局クロスメディア本部/サテライトメディア・ビジネス部 部次長 日下紗代子氏と同 編集局 編集企画部 記者 篠原那美氏にインタビューを行った。


取材やイベントを通じてフェムテックの浸透を実感

日下氏が編集長を務める『メトロポリターナ』は、産経新聞社が発行するフリーマガジン(発行数20万部)だ。2003年に創刊し、2023年で20周年を迎える。東京メトロの主要駅で配布されていることから、働く女性を中心に様々なライフスタイルに関するコンテンツを提供している。


(フェムテック特集を掲載した訴求した『メトロポリターナ』2021年6月号表紙)

フェムテック市場ならびに認知度の伸長に伴い、『メトロポリターナ』はフェムテック企業や関連イベントのメディアパートナーとなり、業界全体にさらなる後押しをしてきた。首都圏のみならず、関西で開催されたフェムテックイベント「ミチカケ・ウェルネスアクション」では公式ガイドパンフレットとしてメトロポリターナ特別版を配布した。

メディアパートナーとして様々なイベントに関わるなかで感じることは、旧来の「タブー視」にとって代わる「ポジティブな受け入れ」ムードだ。
先述の「ミチカケ・ウェルネスアクション」は百貨店初のフェムテック常設エリアを展開する大丸梅田店が会場だったが、訪れる人々は必ずしもフェムテックへの関心がある層ではなかった。流動客・浮動客から「こんなのがあるとは知らなかったけど、使ってみたい」等の声が聞かれた。百貨店といえば比較的年齢層が高く、かつ保守的な顧客層が多いイメージがあるが、そうした層においても好意的に受け止められ、興味を示すケースが多かったという。

日ごろの取材活動においても、防災セットの1アイテムとして吸水ショーツが採用されたという事例を取材したときは、「フェムテック・フェムケアがここまで浸透したか」と感じたと篠原氏は話す。
防災グッズという老若男女すべての人に関わり、すべての人の目にふれるセットのなかに「吸水ショーツ」が採用されることで、なぜこのアイテムが入っているかを知る機会になる。この意味は大きい。これまでは何となく“公にしてはいけないもの、恥ずかしいもの”として扱われてきた「女性の生理の問題」が顕在化したことの顕れとも言えるだろう。


会話を増やしていくことが必要だという問題意識から生まれた

『フェムトークコミュニティ』は女性の健康課題について誰もが気軽に語りあえることを目的とし、現在(2023年1月取材時点)約6,000名のユーザーが参加する。匿名で投稿できるため、センシティブなテーマであってもコメントへの心的ハードルがぐっと下がる。そうした配慮も奏功し、このコミュニティサイトには立ち上げ以降多くのコメントが寄せられている。なかには長文のコメントもあり、「女性たちは皆、語る場を求めていた」と日下氏は感じたという。

( 『フェムトークコミュニティ』WEBサイトのトップページ)

経済産業省が発表した「PMSに伴う労働損失が約5,000億円規模にのぼる」というデータが、女性の生理に対する見方を変える大きなきっかけとなった。それまでは「自己責任」という言葉のもと、女性特有の痛みや悩みがあっても「個人レベルで何とか折り合いをつける」ことが求められてきた。しかしそうして問題を“見えない化”してきたことによる社会的・経済的損失があまりに大きいと指摘したのが、上記のデータだ。さらに日本はジェンダーギャップ指数においても先進国のうちで圧倒的に下位順位に甘んじ続けている。こうした情報が発信され社会課題でとして捉えられるようになったことで、女性たちもこれまで潜在化されてきた自らの想いや体験を打ち明け、声なき声だったものが可視化されはじめたのだ。


「女性活躍」のなかにも多様な意思と選択がある

月経だけでなく、子宮や卵巣の疾患や妊娠出産によるメンタルバランスの変化、更年期など、女性特有の健康課題は個人差が大きく、症状や不快さも多岐にわたる。そのため、男性だけでなく女性同士でも理解することが難しいことさえある。『メトロポリターナ』2021年6月号でフェムテック特集を掲載した後、読者から多数の反響があり、そのなかに生理や更年期といった体調不良を周囲と共有しづらいとか、休暇がとりづらいといった職場の理解や制度が不十分だとの意見が寄せられたという。

女性の生き方においてはライフイベントによって男性よりも細分化されていくのが現状で、そこには多様な選択肢がある。
結婚をするかどうか、子どもを産むかどうか、働くことへのコミットする度合をどうするか。それらの差異は時に「女性の敵は女性」と煽るような文脈で取り沙汰されることが多いが、そうした二項対立の図式にはしたくないのだと、篠原氏は自らの体験も踏まえて語る。「働いている女性のなかにも色々な考え方がある。たとえば私は記者としての仕事も大事にしたい一方で、子どもと家で食卓を囲むことは譲りたくなかった。そのために給与が下がっても夜勤がない働き方を選択している。でも “私は子どもがいても、独身時代と同じように働きたい”という人もいる」。

企業に勤める女性たちのなかだけでもその「働き方」には多様なレイヤーがあるのに、さらにはフリーランスや兼業、起業、あるいは子育てや家事に専念したり、扶養控除内で働いたり、女性活躍と言っても、そこには千差万別の「働く」についての考え方がある。

だからこそ一人一人を尊重し歩み寄ることが重要であり、女性の健康やライフイベントに関わる悩みを我慢するのではなく、みんなで共有したりフォローしあえたりするといいのではないか。
「社会は常によりよい未来を模索している。私たちはその後押しをしたいと考え、企画した」と、日下氏は『フェムケア プロジェクト』の立ち上げに至る背景を語った。

(日下氏が編集長を務める『メトロポリターナ』の誌面)


「男女」や「世代間」の垣根を超えて、相互理解を

これらのフェムテック・フェムケアに関する記事を、実は男性にいちばん届けたい、と篠原氏は話す。そのために、どうすれば伝わりやすいか、抵抗感なく受け入れられるかを考えている。それはメディア業界が、いわゆる“男性中心社会”の慣習や価値観が根強く残っていることにも起因する。事実、産経新聞社の男女別従業員数は、男性1,321人に対して女性291人(2022年3月31日現在)と、女性従業員の割合はわずか2割にとどまる。

たとえば「ジェンダー平等」という言葉に対しても、女性だけの問題のように受け取る人も存在する。そこで、「不妊には“男性不妊”が原因の場合がある」や「男性にも更年期がある」など、男性が自分の問題でもあると気づけるような情報発信を行うよう心がけている。

個別記事だけでなく産経新聞社の各媒体においても、『メトロポリターナ』を起点としてフェムテック関連の記事を掲載し、産経新聞全体の横断型プロジェクトへと展開させた。新聞でこれらの記事を目にする機会が増えれば、旧来の固定観念にとらわれている人たち自身が、時代が変わりつつあることを実感するきっかけになるはずだ。

(産経新聞に掲載された、『フェムトークコミュニティ』ならびに女性の健康課題に関する記事)

男性社員を巻き込んだ「みんなの生理研修」

産経新聞社は新任管理職を対象に、日用品大手ユニ・チャームが展開する「みんなの生理研修」を実施した。この研修では、男性も当事者意識を持ってもらうために座学だけでなく、実際に生理用品を触って学ぶなどのワークショップが盛り込まれているのが特徴だ。医学的な生理の知識や困りごとを知り、多様性に配慮した組織運営づくりについて考える機会を提供している。

「男性中心の社会では女性活躍が成り立たない現状があるなら、それを打開するためにも、まずは私たちがやってみたらいいんじゃないか」との想いから、日下氏がこの研修を社内で実施したいと人事部に持ち掛けた際も、思いのほか乗り気だったことで研修導入へ弾みがついたという。

ワークショップでは、生理用品に血液に見立てた色水を垂らし、その感触を確かめてみようという内容だ。色水を少量しか垂らしていないチームには、「経血の多い日はそんな量では済まないですよ」とスタッフが声をかけていた。湿ったナプキンの表面に触れてみた各チームの男性から口々に「このままの状態で何時間もいるの?」と驚きの声があがったという。


研修後のアンケートでは、「生理の話題を出すことで、相手が気まずくならないか心配」「配慮をしたいが、セクハラになるのではないかと言葉選びが難しい」「どのような配慮が必要なのか、お互いに話し合う機会やタイミングがない」など、男性も課題を感じている実態が浮かび上がった。

研修で得た知識を職場にどう活かすかという問いについては、「同僚や部下が健康面で不安があるときに、相談しやすい空気を作っていきたい」との回答が男女ともに多かった(男性76%、女性80%)。思いやりのある職場づくりに対する新管理職の高い意欲が示されたことに対し、日下氏は「嬉しい反応だった」と話した。男性社員や上司が生理に関する知識を持っている、あるいは学ぼうとする姿勢を見せることが、女性にとっては職場の心理的安全性につながるからだ。

たとえば風邪をひいて発熱している社員がいたら、「今日は無理せず休みなさい」となるだろう。生理だからと“腫れ物にさわるように”特別視していては、本質的な健康課題に対する対策を講じられない。

かつては暗黙裡に「女性が取得するもの」とされてきた育児休暇は、先進的に取り組む企業の努力もあり、いま少しずつ男性が取得する割合も増え始め、「男女ともに取得するもの」という意識が浸透しはじめている。

それと同じように「体調が悪い人への理解と気遣い」が当たり前のこととして社会や職場に認知されていくことが、多様かつインクルーシブな環境づくりの端緒となるのではないだろうか。


目指したいのは「誰もが自分らしい選択をできる」こと

生き方が多様に分かれる女性たちにとって、どんな選択をしようとも、どの人生も等しく素晴らしい。ただしそれは、それぞれの選択をした女性たちが、悔いなく、各自の人生を肯定することによって素晴らしくなるのだ。

PMS等による健康課題や待機児童問題が女性活躍の妨げとなり、大きな社会的損失となる。こうした認識は、メディアにおいて女性のリアルな声が発信されたことで社会が取り組むべき課題として受け止められるようになった。かようにメディアや企業で女性の存在感が増すごとに、社会へのインパクトも大きくなる。でもこれはまだ通過点にすぎない。

本当のゴールは、「人生100年時代」と言われ「ウェルビーイング」が注目されるなかで、誰もが安心して「自分らしく」いられる社会になることだ。何を幸せと感じるか、何を大事にしたいか。人生において譲れない軸は何か。それは個々に異なり、性別や属性は関係ない。それぞれに異なる事情に寄り添いながら、誰も取り残さず、どんな風に生きていきたいかを選び、一人一人の幸せを叶えていく。そのためには固定化されたバイアスや押し付けられた役割から解放されることが、男女どちらにとっても必要だ。
みんなが連帯し、男女それぞれの困りごとやつらさを、感情論ではなく科学的に理解すること。その先に、自分自身と、誰かの主体性と意思決定を尊重できるようになれたとき、私たちはもっと自由になれて、「自分らしく」生きていくことができるはずだ。


【参考サイト】
フェムトークコミュニティ、「きっかけ」内にオープン 働く女性の悩みを気軽に
metropolitana[メトロポリターナトーキョー]
Fem Care Project
産経新聞社もやってみた「みんなの生理研修」

■執筆: Mami NAITO Sustainable Brand Journey 編集部
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