多様な人々を包摂するユニバーサルデザインとは 7原則や企業の活用事例

(2022.12. 2. 公開)


#ユニバーサルデザイン #DE&I #バリアフリー#職場環境#ディスレクシア

国連総会で「障害者に関する世界行動計画」が採択されたことから、毎年12月3日は「世界障害者デー」となっています。日本では、12月3日〜9日までを「障害者週間」として定めています。障がいを持っている人も、そうでない人も、多様な人々が暮らしやすい社会の実現のために重要なのがユニバーサルデザインという考え方です。今回はユニバーサルデザインについて、その意味や企業での取り組み事例をご紹介します。

ユニバーサルデザインとは

ユニバーサルデザインとは、障がいや年齢、状況に関係なく、可能な限り全ての人が使いやすいように製品やサービス、環境をデザインすることです。似たような考え方としてバリアフリーが挙げられます。バリアフリーは、高齢者や障がい者など特定の人が生活を送る上で不便なものを取り除くことを目指すのに対し、ユニバーサルデザインはそうした特定の人を含む全ての人が使いやすいデザインを目指すものです。

ユニバーサルデザインの7原則

可能な限り多くの人を包摂することを目指すユニバーサルデザインでは、7つの原則があります。後ほど紹介しますが、大手消費財化学メーカーである花王株式会社では、商品開発にこの7つの原則を取り入れています。身近な例を交えながらそれぞれの原則を紹介します。

【原則1】公平・公正な利用

幅広い能力の人々が利用でき、市場性があること。差別や否定を感じさせず、誰もが同じ方法で利用でき、それが難しい場合には実質的に同じ方法で利用できることが求められます。身近な例としては自動ドアが挙げられます。自動ドアは、車いすの人やベビーカーを押している人、杖をついている人など多くの人が同じ方法で利用できます。

【原則2】利用における柔軟性

1人1人の能力や選択に幅広く適応できる設計であること。利き手の違いや利用者のペース、好みを尊重し、使用方法を選択できるようにすること等が求められます。身近な例としては、両利き用のハサミが挙げられます。両利き用のハサミは、持ち手や刃の合わせ方に工夫があり、右利き・左利き双方の人が使いやすい形になっています。

【原則3】単純で直感に訴える利用

経験や知識、言語能力、集中力の違いに関わらず、誰もがわかりやすい設計であること。不必要な複雑さを排除し、利用者の予期や直感と矛盾せず重要性がわかるよう情報配置をすること等が求められます。身近な例では、差し込み方向がわかるプリペイドカードが挙げられます。言語に関係のない矢印で方向が示されている他、視覚に障がいを持つ人でもわかるよう、くぼみが入っています。

【原則4】わかりやすい情報提供

周囲の状況や利用者の知覚能力に関わらず、必要な情報を効果的に伝えられる設計であること。重要な情報は視覚、聴覚、触覚など複合的な伝達手段を用意し、読みやすさやわかりやすさに配慮すること等が求められます。身近な例としては、電車内でのアナウンスや液晶パネルでの表示が挙げられます。万が一アナウンスが聞き取れない場合でも、複数言語で行き先や次の駅名が書いてあるため情報を得やすくなっています。

【原則5】失敗に対する寛容さ

不測の事態による困難や危機を最小限にするような設計であること。危機に対しての警告や二重の安全機能の実装、危険な要素を利用者から遠ざける工夫などが求められます。身近な例としては、誤操作や異常を知らせる報知音つきの家電などが挙げられます。また、使用中に扉を開けると動きが止まる電子レンジや洗濯機などもこれに当てはまります。

【原則6】身体的負担の軽減

最小限の身体的負担で効果的かつ快適に利用できること。持続的な身体的負担を最小限にし、利用者の姿勢や操作に要する力、反復行為などに配慮すること等が求められます。身近な例では、センサー式の蛇口が挙げられます。腕を出せば水が出てくるため、握力の弱い人でも快適に利用ができます。

【原則7】使いやすい空間

利用者の体格や姿勢、移動能力に関わらず、使用するのに適切な広さや空間を設計すること。座っていても立っていても重要な要素を確認でき、必要なものに手が届くようにすること、支援機器や介助者に必要な空間を用意すること等が求められます。身近な例としては、多機能トイレが挙げられます。車いすの人、介助者がいる人にも十分なスペースが確保してあります。


以上のように、意外にもユニバーサルデザインは私たちの身の回りに多く存在しています。他にも、毎日使う機会のある電気のスイッチは、押せる面積が広いことに加え「リビング」「廊下」など、どこの電気がつくのかがわかるように説明が入っているものもあります。指先を動かすのが得意ではない人、どこの電気が入るのか覚えづらい人、大きな荷物を抱えている人などにとって、使いやすくなっています。

企業の取り組むユニバーサルデザイン事例

ここまでは、ユニバーサルデザインとは何かについて説明してきました。ユニバーサルデザインは、昨今企業でも浸透してきているDE&Iには欠かせない視点です。ここからは、実際に企業においてユニバーサルデザインの視点を取り入れている事例をご紹介していきます。

自分らしくありのままで輝ける職場環境づくり

大手コーヒーチェーンのスターバックスコーヒージャパン株式会社は、聴者と聴覚に障がいのある従業員が共に働く「スターバックス コーヒー nonowa国立店」を2020年にオープンしました。この店舗での主なコミュニケーション手段は手話です。こう言うと、「手話がわからないお客さんが困ってしまうのでは?」と思うかもしれませんが、実際には手話が分かる人も分からない人も利用しやすいようデザインされています。

注文方法は、手話の他、複雑な注文にも対応できる指差し用のメニュー表や音声を聞き取り注文内容を表示するタブレットがあります。複数の注文方法が用意されているため、注文者は自分のやりやすい方法で注文することができます。まさに、上述したユニバーサルデザイン7原則にある「利用における柔軟性」に当てはまります。また商品が出来上がると、レシートに書かれた注文番号がデジタルサイネージに表示される仕組みになっています。

筆者も実際に店舗に訪れましたが、聴覚に障がいのある方が店舗を利用しやすい設計なのはもちろん、聴者も不便を感じることなく利用でき、できる限り多くの人を包摂する店舗設計であると感じました。nonowa国立店は、ユニバーサルデザイン社会の実現に取り組む団体・個人を表彰する「IAUD国際デザイン賞」で銀賞を受賞しました。誰もが自分らしくありのままで輝ける職場環境づくりの好例と言えるのではないでしょうか。

「読みやすい」「書きやすい」で学習をサポート

続いては、教育現場などで使用される「フォント」や「ノート」にユニバーサルデザインの視点を取り入れた事例です。

実は教育現場で使用されている通常のフォントは、ロービジョン(弱視)やディスレクシア(読み書き障害)の人々にとって読みにくいという難点があります。ロービジョンとは、何らかの原因で「まぶしい」「見えにくい」など視覚に不自由を感じている状態を指します。ディスレクシアは、「文字を読むのが極端に遅い」「良く間違える」「読むだけで疲れてしまう」など文字の読み書きに困難を抱えており、学習障害の1つとされています。

例えば一般的な教科書体は、線の太さに強弱があり細い部分がかすれて見えない、濁点と半濁点の区別ができないといった難点があります。ゴシック体はその点では読みやすいものの、運筆がわからず教育現場にはそぐわないフォントでした。これらの課題を克服して開発されたのが、より多くの人が読みやすいフォント「UDデジタル教科書体」です。フォントを開発したのは、大正時代の創業から一貫して「文字」を研究・開発し続けてきた株式会社モリサワです。

(画像出典:UDフォント特徴比較│株式会社モリサワ

このフォントはすでに様々な場面で活用されており、子供向け学習教材の「進研ゼミ」でも採用されています。実際に読み書きに困難を抱える小学2〜6年生の26人を対象に行った調査では、他の複数のフォントと比較して最も読みやすいという結果が出ました。

文字以外に「ノートが眩しい」と感じる児童もいます。そのような視覚が過敏な児童は、白いノートやタブレットを眩しく感じ、文字が書きづらいなどの困難を抱えています。そんな視覚過敏を抱えるユーザーの声から生まれたのが「mahora」のノートです。開発したのは、大阪市生野区で50年以上にわたりノートを作り続けてきた大栗紙工株式会社です。

(画像出典:mahora│大栗紙工株式会社

多くの人々がこれまでのノートに不便を抱えていることを知った大栗紙工は、「みんなにとって使いごこちが良い」ノートの開発に着手しました。

開発にあたっては、約100名の当事者にアンケートなどで意見をもらったそうです。完成したのは、当事者でなくても使いたくなる優しい風合いのノート。「紙が眩しい」といった声に対して、ノートの色は目の負担を軽減する薄いレモンとラベンダー色に。「書いているうちに行が変わってしまう」という声に対しては、1行おきに色をつけ網掛けにする、太い線と細い線を交互に配置するといった細やかな工夫が施されています。mahoraのノートは、2021年度グッドデザイン賞「グッドデザイン・ベスト100」を受賞しています。

教育の現場には、読み書きに困難を抱える多くの児童がいます。文科省が実施した調査では「発達障害の可能性がある」とされた児童生徒の割合は約6.5%であり、1クラス40人とした場合には生徒2-3人に当たります。困難を抱える児童は、そのことにより学習に遅れが生じ、不登校に繋がる可能性もあります。今回紹介したユニバーサルデザインの学習ツールは、その可能性を減らすことに貢献しています。

音のデザインで必要な情報を届ける

(画像出典:2016年度グッド・デザインベスト100│グッドデザイン賞

日本語が聞き取れない訪日外国人や耳の遠い高齢者などは、街中でアナウンスが聞き取れず必要な情報を受け取れない可能性があります。特に災害発生時には、必要な情報を受け取れないことで命にも危険が及びます。一般的にこのような言語や聴力の違いに配慮する方法としては、多言語でのアナウンスやディスプレイへの字幕の増加が考えられます。しかしこれは、時間やスペースの制約があることに加え、その方法を取ることにより他の人の利便性を低下させてしまう可能性があります

そこで開発されたのが「おもてなしガイド」です。開発したのはヤマハ株式会社で、2016年度のグッドデザイン賞も受賞しています。おもてなしガイドのアプリをスマートフォンに入れ、街中で流れる音声アナウンスを聞かせると、それぞれの言語でアナウンス内容が表示されます。インターネットを必要としないため、災害時にも活用でき情報が届きにくい層にしっかりと情報を届けます。

音をデザインするというこれまでになかった発想により、必要な人に無駄なく必要な情報を届けられるインフラとして期待されるおもてなしガイド。インフラとして安定的で正確なサービスが求められるため、サービスのさらなる認知拡大と合わせて、自動翻訳の精度向上が求められます。

商品開発にユニバーサルデザイン視点を取り入れる

(画像出典:誰にでも使いやすいユニバーサルデザイン容器・道具の開発│花王

みなさんは、シャンプーやリンスの容器にギザギザ状のきざみが入っているのをご存知でしょうか。これは、目の不自由な人でも、目をつぶりながらでもシャンプーとリンスを判別できるようにつけられたきざみです。「シャンプーとリンスの容器がまぎらわしい」「目が不自由なので容器に工夫をして欲しい」年に数件届くこのような消費者からの声をうけて、1989年に容器の開発に着手したのが花王です。開発に際しては、消費者への認識調査や盲学校での訪問調査を行いさまざまな声を取り入れました。1991年、触ってわかるきざみ入り容器のシャンプーが初めて発売されました。その後、消費者を混乱させないために業界全体へも働きかけ、現在ではほとんどのメーカーの容器にきざみが入っています。

このように花王は古くから商品開発にユニバーサルデザインの視点を取り入れてきました。そんな花王では、2021年に発売された新製品や改良品のうちなんと98%にユニバーサルデザイン視点の配慮が盛り込まれています。このような高い割合を達成している理由としては、指針の策定やそのための社内体制を整備したこと、社員への教育・浸透を実施していることが挙げられます。

花王は2011年に「ユニバーサルデザイン指針」を策定し、「多様なお客様が特別に意識しなくても、ふつうにわかりやすく、ふつうに使いやすく、安心して使っていただける」ような人にやさしい商品づくりを推進しています。このようなものづくり推進のためには事業横断的な協働が必要と考え、各部署からユニバーサルデザイン推進リーダーを選出しています。リーダーは、消費者の意見や要望が直接集まる生活者コミュニケーションセンターや研究開発部門などと連携し、ユニバーサルデザイン視点のものづくりを推進しています。

社員への教育・浸透では、例えば高齢者体験ワークショップを実施しています。ワークショップでは、高齢者への共感力を向上させ、自分ごと化することを目的としています。参加者は、普段は感じない高齢者ならではの身体的負担や不便さ、精神的な変化を実際に感じることができたと言います。高齢者の視点を体験することで、自分以外の多様な人々に寄り添うものづくりへ役立てています。

多様な人々を包摂する社会へ

ユニバーサルデザインは、より多くの人々が暮らしやすい社会を実現するために欠かせない考え方です。近年企業でも、国籍や民族、性別、障がいや年齢等の異なる多様な人材の採用が進んでいます。スターバックスの事例にあるように、ユニバーサルデザインは商品やサービス開発のみならず職場環境づくりにも適用できる考え方です。DE&Iに取り組む企業はぜひ取り入れてみてはいかがでしょうか。

【参考サイト】
ユニバーサルデザインの7原則│内閣府認証特定非営利活動法人実利用者研究機構
「IAUD国際デザイン賞2020 銀賞」を受賞 聴者と聴覚に障がいのあるパートナー(従業員)が共に働くサイニングストアの実現で│スターバックスコーヒージャパン
MORISAWA BIZ+│株式会社モリサワ
2016年度グッド・デザインベスト100│グッドデザイン
mahora│大栗紙工株式会社
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ユニバーサルプロダクトデザイン│花王サステナビリティレポート2022
シャンプーのきざみに込められた思い│花王株式会社



■執筆:contributing editor Eriko SAINO
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