【これからは水の時代】世界的に高まる水リスクと企業への影響

2022.7.29. 公開

#水リスク #節水 #バーチャルウォーター #ウォーターフットプリント #ライフサイクル

水資源が豊富な島国、日本に住む私たちは安全な水が手に入ることは当たりまえです。しかし世界では不十分なインフラ管理等により浄水が不足している国もあります。また近年は気候変動に伴う干ばつによる水不足や、洪水による浸水被害など「水」にまつわる様々な問題が起きています。 今回は、水が要因となり企業活動になんらかの悪影響を与えうる「水リスク」について、どんなリスクがあるのか、また企業はどう取り組んでいるのか等を取りあげます。

水リスクとは何か

「水リスク」と一口にいってもその内容は様々で、大きく4つに分けられます。1つ目は、水不足での断水や洪水での工場冠水等によって事業が中断する操業リスク。2つ目は、水不足による水価格の上昇やインフラ整備に伴う水道価格の上昇等の財務リスク。3つ目は、無秩序な水利用により周辺地域の水資源が枯渇する等の場合に規制がかかる法的リスク。4つ目は、過剰な水利用や排水での河川汚染等に対してメディアや住民から非難を受ける等の評判リスクです。

企業は様々な角度から、サプライチェーン全体に水リスクが存在していないかをまず把握することが重要になってきます。

企業活動に潜む水リスク

過去の事例

過去には水リスクを軽視していたことから、事業撤退を余儀なくされた事例が実際に存在します。外資系大手飲料メーカーのインド子会社は、ボトル工場において取水制限を超えた地下水を取水していたとして、被害を受けた住民へ賠償金の支払いが義務付けられました。さらに周辺地域への廃棄物の投棄や排水による水質汚染等複数の被害報告も挙がり、当該地域での事業撤退に追い込まれました。

また気候変動による降雨量の変化は、干ばつや洪水など突発的な被害を引き起こします。800名以上の死者をもたらした2011年のタイチャオプラヤ川の洪水では、400 億ドル以上の経済被害(世界銀行推定)が出たとされています。被害の大きかったタイ中部は、デジタル一眼レフや計算機、車向け部品など電子部品の製造工場が集積しており、確認できただけでも550を超える数の日系企業が工場の冠水による操業停止など被害を受けました。



日本でも、豪雨による被害は度々起きています。日本各地で大雨となった令和2年7月豪雨では国内で多くの河川が氾濫しました。ダイハツ工業では福岡県久留米市と大分県中津市にある九州工場で操業停止、マツダは広島の本社工場と山口県の防府工場で、ブリヂストンは福岡県の久留米工場など九州の3つのタイヤ工場で操業の見合わせや一時停止をするなど、西日本に拠点を構える製造業に大きな影響が出ました。企業にとって、活動地域における洪水や干ばつ等の発生リスクの予測とそこへの対策が喫緊の課題となってきます。

800名以上の死者と400 億ドル以上の経済被害(世界銀行推定)をもたらした2011年のタイチャオプラヤ川の洪水。被害の大きかったタイ中部は、デジタル一眼レフや計算機、車向け部品など電子部品の製造工場が集積している場所だったといいます。確認できただけでも550を超える数の日系企業が洪水の被害を受けたとされ、直接被害を受けなかった企業もサプライヤーが被災したことで資材の調達が滞り生産継続ができない、逆に納入先が被災したことから自らも生産を止めざるを得ないといった状況が発生していました。  


近年注目されるバーチャルウォーター

近年注目されているのが、貿易を通したバーチャルウォーター(仮想水)のリスクです。バーチャルウォーターとは、輸入産品を輸入した国で作ると仮定した場合、どれほどの水の量が必要になるかを推定したものです。2005年に日本が輸入したバーチャルウォーターは約 800 億 m³で、その大半が食料に起因しているとされています。例えば、とうもろこし1kgを生産するためには、1800リットルの水が必要になります。



バーチャルウォーターが問題なのは、その輸入を通じて水不足等の問題を抱える国・地域の状況をより深刻化させる恐れがあるという点です。例えば、日本が輸入する77万トンの米のうち38万トンがアメリカで作られており、その米はカリフォルニア州でも栽培されています。カリフォルニア州では長年干ばつによる水不足に悩まされ、現地では水使用量の多い米を栽培すべきではないという声も挙がっていると言います。

このように、今後輸入地域の状況次第で水の高コスト化やそれに伴う輸入産品の高騰などのリスクがあります。2020年度のカロリーベースでの日本の食料自給率は、37.17%です。食料生産の多くを輸入に頼っている日本は、国としても企業としてもこのリスクと向き合うことが急務となっています。

企業の水リスクへの取り組み事例

イギリスに本部を置く国際非営利団体CDPは、毎年企業の取り組む水リスク対策に関する世界的な調査を行い、D〜Aランクで評価をつけています。日本企業の回答数は年々増えており、2019年は194社が、2020年は203社、2021年は223社が回答しています。調査では水使用量などの現在の状況や、企業方針や目標設定の有無、事業戦略への水問題の統合など10の質問項目が設けられています。ここからは、2021年の調査において最高ランクのトリプルAを受賞した花王株式会社と不二製油グループ本社株式会社の2つの水リスクへの取り組みをみていきます。


ライフサイクル全体で水使用量削減に取り組む花王株式会社

(画像出典:「キュキュット」と「バスマジックリン」の開発, 花王株式会社)

花王の取り扱っている消費財は、製品の生産から使用まであらゆる場面で水を必要とします。それゆえ、水の豊かさを守ることは花王が今後も持続的に事業を行っていく上で大きな意味を持ちます。

製品のライフサイクルは、<原材料調達>→<開発・生産・販売>→<輸送>→<使用>→<廃棄・リサイクル>となっています。花王の水使用量の特徴は、ライフサイクル全体でみたときに、<使用>の段階が全体の約87%という大部分を占めている点です。これは、花王が洗浄剤関連の製品を多く展開しているためです。花王はライフサイクルの各段階で水使用量の削減に取り組んでいますが、水使用量の1番多い<使用>における水使用量をへらすことが重点課題だそうです。

これまでも<使用>段階での水使用量削減に取り組んでおり、具体的には節水型製品の提供と消費者へのコミュニケーションを実施しています。2009年に、すすぎが1回ですむ衣料用洗剤「アタックNeo」を発売後、2010年にはすすぎ水を20%減らせる「メリットシャンプー」、2014年にはすすぎ水を20%減らせる「キュキュット」、2015年にはすすぎを10%減らせる「バスマジックリン」を立て続けに発売しています。消費者には節水方法の啓発も行っており、少ない水で洗髪できる「エコシャンプー術」を開発し伝えています。

またライフサイクル全体の水使用量のうち約11%を占める<原材料調達>段階では、水リスクが一定基準より高いとされたサプライヤーに対し、水の使用量や管理状況の調査をさせてもらう等に取り組んでいます。

包括的な節水活動に取り組む不二製油グループ本社株式会社

不二製油グループは、業務用チョコレートや植物性油脂、マーガリンやチーズ風味素材など植物由来の食品を取り扱っています。農作物の生産や加工・製造で水を使用することから、豊かな水環境を守ることを重要な課題として位置づけています。

不二製油グループでは、2030年に達成を目指す「環境ビジョン2030」において水使用量の削減目標を掲げています。達成にむけての体制として、最高ESG経営責任者(C“ESG”O)というポジションを設けています。CESGOの監督のもと水リスクに対する取り組みを推進し、取締役会の諮問機関であるESG委員会で進捗や成果を報告、その結果を取締役会に報告しレビューを受けています。水使用量削減のために現在実施している取り組みは大きく2つあり、1つ目がリスク管理と対策、そして2つ目がグループ会社を含めた節水活動です。


(画像出典:17 Countries, Home to One-Quarter of the World's Population, Face Extremely High Water Stress, WRI)

リスク管理と対策に関しては、各グループ会社がリスクの特定や対策の立案、実施から評価までを行います。2020年度には取り組み強化のため、世界の各地域での水リスクを把握できるツール「AQUEDUCT」や自社のリスクマネジメントシステムに基づき評価を実施したところ、新たに中国における排水規制違反リスクやインドネシアでの洪水リスクなど、 リスクの高い地域が特定でき、対策を講じることとなりました。

節水に関しては、それぞれの特性にあった活動を実施しています。例えば、冷却用水を装置の洗浄などに再利用する、空調設備を水冷式から空冷式に変更する、蒸気使用量を削減する、管理体制を強化し厳密な水使用量分析をすることで水使用効率の低い箇所へ対策をする等が行われています。

あらゆる産業において、水は不可欠な資源です。今後人口増加や経済成長を迎える国も多く、世界的な水需要は増えていくと予想される一方で、気候パターンの変化等により使用可能な水の量が減少する可能性がある地域もあります。企業活動を持続的に行なっていくためには、バーチャルウォーター含めサプライチェーン全体の水リスクへの対応が不可欠と言えるのではないでしょうか。



【参考サイト】

● 印ケーララ州議会、コカコーラ社が引き起こした地下水枯渇等の環境損害の賠償のため、特別裁判所を設置する法案を可決│水ビジネス・ジャーナル

● 2011年タイ・チャオプラヤ川洪水による企業活動への影響についての調査報告書│国立研究開発法人土木研究所水災害・リスクマネジメント国際センター

● 第3章 タイ2011年大洪水の産業・企業への影響とその対応│日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア 経済研究所

● 世界の水問題に関わる企業の取組みと情報開示│経営研究調査会研究報告第50号│日本公認会計士協会

● 日本向けの米も生産する水。米国政府がコロラド川の水不足を宣言。流域全体の気温上昇に起因

● ~企業が知っておくべき国内外の水リスク~│アクアスフィア・水教育研究所

● CDP 水セキュリティ レポート 2021:日本版

● 水使用量の削減│不二製油グループ本社株式会社

● 花王サステナビリティレポート2018





■執筆:contributing editor Eriko SAINO
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