【三越伊勢丹】信頼こそが最大のブランド力
顧客体験と企業の付加価値を高める「アイム グリーン」

(2022.7.15. 公開)

#4R #サーキュラーエコノミー #サステナブル・チャネル・ブランディング


百貨店は、「いい気分で、たくさん消費したくなる」場所だ。その場所で買う“ステータス感”こそが、百貨店の強力なバリュープロポジションだとも言えるだろう。

それぞれのブランド力を競う百貨店のなかで、押しも押されぬ不動のエース的ポジションに君臨するのが三越伊勢丹だ。その三越伊勢丹がこれまでの百貨店“ならではの”提供価値から、さらに先の領域に踏み込んだ新サービス「アイム グリーン」を2021年にローンチした。ラグジュアリーブランドの衣料品や宝飾品などを顧客に「たくさん買ってもらう」ことに注力してきた百貨店が、「使われなくなったものを買取る・引取る」というものだ。

サーキュラーエコノミーやサステナビリティへの関心が高まる中、各百貨店ともに環境や社会課題への取り組みを打ち出している。「循環型社会」はグローバルなトレンドと言ってもいい。しかし、単に回収拠点を場所として提供するというような間接的な関り方ではなく、直営で、しかも社員自らが接客・対応する「買取・引取サービス」は百貨店では初めての試みとなる。

「アイム グリーン」を新規事業として発案し、企画を練り上げ、ローンチ後もこのプロジェクトを牽引する、アイム グリーン マネージャー大塚信二氏に取材し、画期的なこのサービスの原点にある想いと、推進するにあたっての戦略を聞いた。


(顧客から持ち込まれたバッグを丁寧に確認する大塚氏)

顧客ニーズは、購入の先にあった

・「整理したいけどゴミにはしたくない」顧客の悩みに寄り添うサポート

「アイム グリーン」は、顧客が持ち込んだハンドバッグ、時計、宝飾品などを買取、または値段が付かなかった品物を無料で引取って、パートナーシップ連携した企業を通じて販売やリサイクルをするサービスだ。

「アイム グリーン(i’m green)」の「i’m」は“私は”の意味だけでなく、三越と伊勢丹のイニシャルを重ねている。すなわち、「私たち(三越伊勢丹)が主体的に社会課題に取り組もう」という意思を含んだプロジェクト名だ。「green」は4R(リフューズ:環境負荷をかける行為の拒否、リデュース:削減、リユース:再利用、リサイクル:再資源化)を推進し、安心安全な環境を未来につなげるために必要な存在でありたいとの想いもこめる。三越伊勢丹の会員を対象に行ったサステナビリティアンケートにおいても、衣料品回収や持続可能な資源の再利用への期待が寄せられており、顧客の環境意識の高まりが背景にある。

いっぱいになったクローゼットを整理したいが、「捨てたくない」「処分するのが面倒」「査定を依頼したいがどこに持ち込んだらいいか分からない」といった顧客の悩みにフォーカスし、販売後のサポートを百貨店自ら運営することで顧客の精神的な負荷軽減を付加価値として提供。新たな価値や購買体験を生み出す。

「きっかけは、店頭で販売マネージャーをしていたときにお客様から寄せられたご意見でした」と大塚氏は当時を顧みる。「クローゼットがいっぱいだから整理を依頼できる業者を紹介してほしいとのご相談を受けました。しかし百貨店としては、ご紹介することで何らかのトラブルが起きてしまうといけないとの観点からお受けできない旨をお伝えしました。するとそのお客様は、それなら伊勢丹でやってくれたらいいのに、と仰られたのです。」

その顧客がさらに続けた「百貨店は“買って”と言うばかりで、その後のことは何もしてくれないの?」との声に、大塚氏はハッとしたという。

売りっぱなしにしていたという反省から、もっと顧客に寄り添えるサービスや仕組みがつくれないかと考えたことが「アイム グリーン」の出発点となった。
環境意識の高まりから、衣料品などを廃棄することへの抵抗感・罪悪感を持つ人も増えている。三越伊勢丹が責任をもって、使われなくなった品を新たに活用できる場所に送り出すことで、顧客の悩みや困りごとが解決できる上、ポジティブに買い物を楽しむことができる。


(「アイム グリーン」の企画者でありマネージャーを務める大塚信二氏)

・テストマーケティングで再認識できた三越伊勢丹の強み

このプロジェクトをスタートするにあたり、2020年10月から三越日本橋本店にて、一年間かけて検証を行った。顧客の素直な反応を知りたいとの思いから、プレスやメディアにも情報を広げなかった。そうしてほとんど公な告知をしていないにもかかわらず、買取金額は計画比130%、実績数は2,000件にものぼった。

検証するなかで多く聞かれた声は「三越伊勢丹がやっているなら安心」というものだった。「三越伊勢丹で買ったものは、三越伊勢丹に託したい」という声もあった。

何世代にもわたる富裕層や優良顧客層の厚さが自社のアドバンテージとの認識はあったが、これほどまでに「のれんの信頼感」が強いということを、この検証を通じて再認識したと大塚氏は話す。
自分たちの強みは、対面でのお客様との関係性にある。そこを起点に企画を練り上げ、「アイム グリーン」の本格始動に至ったのだ。


(伊勢丹新宿本店本館7階にある「アイム グリーン」のサービスコーナー)

・「高価買取」という表現は使わない

買取サービス業界は、既に多数の競合がひしめいている。そんなレッドオーシャンに後発で参入した三越伊勢丹ではあるが、優良顧客の自宅に上がれるほどの信頼関係は、他の事業者に対して圧倒的な競合優位性となる。さらには「必ずしも高価買取を最優先に考えているわけではない」という顧客の特性も、このサービスにおいては特異性と言えるだろう。

三越伊勢丹からしても、他の買取サービスと大きく違うのは「買取のみで利益を得ようとしているのではない」点だと大塚氏も強調する。「お客様が使わなくなった品物を次につなげることが大事なのです。実際に買取りを行ってはいるのですが、そこで利益を取ることを目的にするのではなく、適切に循環させていくことに重きを置いています。」

また一般的な買取業者においては特定のブランド以外は買い取らないということもよくあることだが、「アイム グリーン」では、たとえ通常の業者では買取を拒否されるようなファストファッションの衣服であっても、買取ではなく引取の対象としている。値がつかない(買取対象にならない)ものについては、三越伊勢丹が必要な費用を負担して、株式会社JEPLAN(旧社名:日本環境設計株式会社)へリサイクルを依頼し、資源として循環をさせる。

相場上、あまり高い買取額を提示できない場合もあるが、そういったときも社員が「なぜこの買取額になるのか」を丁寧に説明するという。ここにも三越伊勢丹ならではの知見と信頼感が活かされている。買取を担える社員を教育する際も、リユースや査定に関する知識よりも、むしろ顧客の気持ちに寄りそう接客ができるかだったり、納得のいく説明ができるかという点を重視するという。




・社員が自ら対応するから、安心できる

利用者の95%を女性が占める。査定を依頼したいが、家のなかに見知らぬ人を上げたくないという警戒心や怖さがあって業者に依頼できないという悩みや、高齢な顧客のなかには騙されてしまったというケースもあったという。

「アイム グリーン」は店頭での買取以外にも、外商顧客の自宅に出向いての出張買取も行っているが、「三越伊勢丹の社員だから信頼して家に招き入れていただけることが非常に多いです」と大塚氏は、ここでも“のれんの信頼感”を実感すると話す。
「お客様のご自宅に伺う場合は通常でも2~3時間程度はかかります。長いと丸1日かかることもあります。最初のうちは両手に抱えるくらいの量だったものが、最後にはワンボックスカーがいっぱいになってしまうということもあります。」

長年、百貨店を利用する顧客にとっては、なじみの百貨店であれば安心して、これまで愛用してきた品物を任せられるし、百貨店側にとっても販売の場面だけでは分からない顧客の隠れたニーズを知る貴重な機会となる。


(買取・引取の接客はプライベート感を重視した個室で行われる)

「サステナビリティ」は慈善事業ではない

三越伊勢丹のサステナビリティ活動の一翼を担う「アイム グリーン」だが、慈善事業のように利益を度外視するのではなく、経済をまわすことも重要と捉えている。
「経済を活性化することと、環境にいいことを両立させることが大切で、どちらか一方に偏りすぎてしまうと事業そのものがサステナブルでなくなってしまうと考えます。」

具体的には、たとえばバッグを買取した顧客に対して、伊勢丹新宿本店内のバッグ売り場で使えるクーポンを渡すなどして、既存の売り場へ還流の効果を生み出す仕掛けをつくっている。実際に、買取で現金を得た顧客の95%はその日のうちに同店内で買い物をしていることが分かっているという。

百貨店内の回遊率を高めることも狙いのひとつだが、実際に「アイム グリーン」を利用した顧客の4割がリピーターとなり、買取が次の購買行動に結び付いている。

目指すのは顧客とのタッチポイント強化

先述の通り、「アイム グリーン」は買取による利潤を追求する事業ではない。来店機会の創出や売り場への還流など経済的な狙いもあるが、引取の場合のリサイクルコストは自社の負担となるため、採算性からみると必ずしも効率的なビジネスモデルとは言えないかもしれない。
一方で、「こんなサービスを求めていた」という顧客のリアルな困りごとや関心事にフィットする価値を提供することで、顧客のロイヤルティは高まる。そしてそれは中長期的にみれば、ロングエンゲージメントや長いライフタイムバリューに繋がり、三越伊勢丹にとっても大きなベネフィットをもたらすだろう。

長びくコロナ禍によって大きなダメージをこうむった百貨店にとって再起のカギとなるのは、インバウンドから国内利用者へのターゲットシフトだ。すなわち顧客との関係性の強化が大きな課題となる。これまで百貨店を支えてきたコアなファン層とのエンゲージメントを高めることはもちろん、かつては百貨店を利用していたけれど今は足が離れてしまっている層にも、このサービスをフックに再び足を運んでもらいたい考えだ。

「たとえばこのアイム グリーンというプロジェクトに三越伊勢丹の名前を冠して、新たな路面店を出すといったようなことは考えていません」と大塚氏。「あくまでも三越伊勢丹のお客さまに、これを機にまた伊勢丹や三越で買い物を楽しんでいただきたい。そのためにお客様が困っていることを、私たちにお手伝いをさせていただきたいのです。」

時代のニーズとも合致した「アイム グリーン」サービスは2021年10月からのスタートだが、開始早々からキャパシティをはるかに超えるほど反響は大きい。当初は宅配での買取・引取も受け付ける予定だったが、あまりにも殺到したために、わずか新宿店オープンから3日で閉じることとなった。現在は、三越日本橋本店と伊勢丹新宿本店の2拠点で買取を行っている。

三越伊勢丹が強みとする接客のクオリティを担保するためにも、このプロジェクトをスピーディーに拡大していくというよりは、三越伊勢丹に対して親和性のある顧客とのタッチポイントを強化し、来店頻度や店内の回遊率を高めるような導線の構築に注力する方向で今後を見据えているという。


コミュニケーションを深化させて、よりパーソナライズしたサービスへ

・品物の背景にある個人的なストーリーにも寄り添う

三越日本橋本店と伊勢丹新宿本店では、それぞれに異なる顧客層により、買取の品物や需要にも違いがある。伊勢丹新宿本店の場合はファッションの買い替えニーズがメインとなるが、三越日本橋本店は高齢の富裕層が多いという特徴から、終活や生前整理・遺品整理というニーズもあるという。

思い出がつまっているものだから、使うことはないけれど捨てられない。よく知りもしない人に託したくない。そんな繊細な感情にも、品物にまつわる思い出を聞くなどして、丁寧に寄り添う。これも、三越伊勢丹の社員が対面で行うからこそ提供できる価値であり、強みだ。

品物はすべてに、それを買ったりもらったりした時のストーリーがある。その、ごく個人的なストーリーへの思い入れが強ければ強いほど、もう使わないと分かってはいるのに手放しがたくなる。けれども、そのストーリーを誰かに話すことができ、その相手もきちんと耳を傾けてくれたなら、その思いは昇華されて手放しやすくなるのではないか。

・バイイングやマーケティング戦略にも活用

通常のビジネスモデルだと買取と販売のフェーズは分けられているが、そこを専任のスタッフが一気通貫で担っていくこともサービス拡充の視野に入れている。

「買取をさせていただくとお客様のことがとてもよく分かるんです」と大塚氏は話す。「お客さまのことを知りなさい、と三越伊勢丹の社員教育で教わるのですが、まさにその理解を深める機会としてもアイム グリーンは活かせると感じています」


(品物にまつわる思い出にも丁寧に耳を傾け、顧客の気持ちに寄り添えるのは対面接客ならでは)


たとえば買取のプロセスでは、必ずその品物を購入したときの話をヒアリングする。すると、当時はこういうブランドが好きだったが、年代の変化に伴い好みが変わっていったり、ブランドのトレンドが移り変わったりという様子もつまびらかになる。また別の視点では、Aというブランドを好きな人はBというブランドも好き、といった傾向なども把握でき、バイイングや売り場づくりのマーケティング戦略をたてる上でも非常に重要な情報を得られる。


顧客が愛してくれる理由は何か、を深く理解する

三越伊勢丹ホールディングスは、23年3月期連結業績において、百貨店事業の営業損益は40億円の黒字を見込む。三越伊勢丹の国内既存店売上高は14%の増収を予想し、コロナ前の19年3月期と同水準を射程に入れる。

インバウンドから国内需要に舵を切り、時代や社会の要請を受け止めてサステナブルな循環型社会への貢献にも積極的に取り組む。三越伊勢丹ではサステナビリティ活動において、商品・サービス・コミュニケーションの3つにフォーカスして「think good」というコンセプトを打ち出した。地域産地支援や環境保護、資源循環、文化継承など、それぞれのテーマごとに年間を通してキャンペーンを開催し、発信を続けていく。百貨店がチャレンジできることは、まだまだある。

コモディティ化のスピードが速く、競争が激化する時代だからこそ、長年かけて培ってきた信頼が強力な差別化になりうる。信頼があるからこそ、大切な思い出も打ち明けられるし、大事にしてきた品物を託そうという気持ちも生まれる。
販売の現場では、こういった思い出までを深く掘り下げて話を聞くことは難しいが、信頼感のうえに成り立つパーソナライズされた買取サービスではそれが可能だ。品物にまつわる情緒的価値を共有することで「またあの人にお願いしたい」と顧客から指名が入るほどに信頼が深まれば、顧客との関係性はいっそう強固になる。

ブランド力は、顧客が得られる満足感とイコールだ。信頼感や満足感といった目には見えない付加価値を提供できる企業だけがライバルと差別化でき、お客様から選ばれると言っても過言ではない。

市場が何を求めているか、顧客が何に興味を持っているか、そこに自社の商品やサービスは何ができるのか。市場を適切に把握し、顧客理解を深め、自社の強みを明確化し、それらをきちんと分析する。「アイム グリーン」が顧客から支持されたのは、それらが統合的になされたことが大きな要因と言えるだろう。



■執筆: Mami NAITO Sustainable Brand Journey 編集部
#アート #くらし #哲学 #ウェルビーイング #ジェンダー #教育 #多様性 #ファッション


お問い合わせはこちら