世界を変えられる人間力を育て輩出する、岩手県滝沢市の地域ブランディング

(2022.4.15 公開)

#地方創生 #地域ブランディング #企業版ふるさと納税

「地方創生」という言葉からイメージするのは、自治体に人を呼び、コミュニティを活性化し魅力的な町にすることで、旅行客や在住者を増やすことだろう。
しかし、岩手県滝沢市が取り組む地方創生は、一般的な地方創生の考え方とは大きく違う。
サステナブル・ブランディング事業を展開する株式会社YUIDEAが支援したこの斬新なプロジェクトについて、その背景や想いなどを企画・運営を担当する情報発信スタディ協会の渡辺炎如さんと滝沢市役所の森内涼平さんに聞いた。

人口増加率ワースト2の岩手県から、「引く手あまた」な人財を世界へ輩出するプログラム

岩手県滝沢市は、県庁所在地である盛岡市の北西に位置し、4つの大学・短大を擁する学生の多い町だ。

全国で人口が増加しているのは9都府県、残りの38道府県では人口は減少している。岩手県は中でも人口減少率が高く、2015年から2020年のデータでは6.2%の秋田県に次いで高い5.3%となっている。



令和2年国勢調査:都道府県別人口,人口増減及び人口密度

人口減少の一途を辿っているという状況下において、日本の中で人財を集めることだけ考えていればよいのだろうか?

そう考えた滝沢市が行っているのが、「AMATAR STUDY(アマタースタディ)」という人財育成プロジェクトだ。人財育成と一口に言っても滝沢市が取り組んでいる活動は一味違う。滝沢市が目指すのは、世界で必要とされる人財の輩出だ。

自分の力で世界を変えられると信じ、行動できる人財を育てる

アマタースタディ(以下アマター)が育てたいのは、自分が世界を変えられると心から信じ、やりたいことを実現するために行動できる人財だ。その「世界」とは地理的な世界だけでなく、自分の周囲を取り巻く日常の世界でもいい。そのために必要な基盤を、このプログラムで身につけることができる。



「地域への愛着と高度なスキルを併せ持った人財を育てたいんです。そういう人は世界を変えていけますし、どこに行っても必要とされる人財ですから」

アマターの中心的存在である渡辺さんは語る。プログラム全体から参加者ひとりひとりの些細な変化までに目と心を配る彼は、参加者からの信頼も厚い。

「高度なスキルというのは、勉強ができるということでなく、やりたいことを実現する力です。いろんなことを知っていて、その中から最適なものを選ぶことができ、人を巻き込む力、プレゼン力、本質を見る力、そして計画を立てる力などを持った“人間力”の高い人です。」

“アマター”という名称は、そんな強い想いを込めて“引く手数多(あまた)”という言葉から名付けられている。世界で必要とされる人財の輩出を目指して名付けられた。

世界で必要とされる人財の“人生のターニングポイント”となる

4つの大学・短大を擁する滝沢市は、いわば学生の町だ。カリキュラムが終了すると滝沢市を去る学生も多い。
滝沢市の推進する地方創生は、その土地に人を留めることに拘っていない。逆に、アマターで得た経験や人とのつながりを糧に世界に飛び出し、作りたい未来を実現して欲しいと願っている。
そしてその先にある狙いは、彼らの人生のターニングポイントがアマターだったと彼らが発信することによって、そんなアマターがある滝沢市で学び、時間を過ごすことで自らの将来の道が拓けるというイメージを抱いた人たちを滝沢市に集めることなのだ。

アマター経験者が活躍しアマターの経験を語ることで、優秀な人財を求める企業が滝沢市に注目し、人財を探しに来る。また、企業は人財育成に協賛し、優秀な人財との接点を期待し、出資する。
現在でも既にいくつもの企業が企業版ふるさと納税を活用して出資している。出資するのは滝沢市に縁のある企業もあれば、そうでない企業もある。活動の趣旨に共感した企業が滝沢市を選んだのだ。

アマターは滝沢市民だけに開かれたプログラムではなく、滝沢市に関連している人であれば誰でも参加できる。年齢制限もない。

「学びたい人が、学びたいときに、学びたい場所があるということは大事なことだと思っています。学生でもリタイアした世代も、やりたいことがあってそのためのスキルを得るための生涯学習の場として活用いただいているんです。
滝沢市が目指しているのは、人財を呼んでアマターで人間力を磨いて飛び出して行ってもらうことです。人口“流出”ではなく“輩出”なんです。」
滝沢市役所のアマター担当として運営に携わる森内さんはそう語る。

また、町全体のデジタルリテラシーの底上げも目指している。新しいツールで効率よく作業を行うスキルは、デジタル化の進む現代においては必要不可欠だ。それは、オフィスでの日常業務だけでなく、PTAや地域活動の資料作りや就職・転職でも活きる。紙で処理していたものをデジタル化できれば、ミスもかかる時間も減り、精度もぐんと上がる。しかし新しいツールに接する機会は黙っていても訪れない。アマターはその機会を提供しているのだ。



2ヶ月半で変化を起こしアクションの宣言まで導く、独自プログラムとサポート

・やりたいことの解像度をあげていく実践的な学び

プログラムにはさまざまなコースが用意されている。WEBエンジニアやマーケティング、身近なお金の勉強、そして、中でも独特なものが、自分のやりたいことを具体化していくという2ヶ月半にわたるコースだ。


YUIDEAが支援したこの「やりたいことを見つける・能力開花コース&ばっちり実現コース」を筆者も見学した。
セッションはリアル会場とリモート参加者を繋いで行われる。セッションの冒頭には、毎回全員が心理的安全性を確認するポジティブな掛け声をかけ合い笑顔で一体感を出し、お互いが安心して発信できる場作りを行う。



・見たい景色を見るための「旅」になぞらえたプログラム

学び、考え、行動に起こすことを目標にしたこのコースでは、2ヶ月半という期間の間に参加者にさまざまな変化が起きていく。
自発的に他の参加者に呼びかけ巻き込みながら早朝5時から朝活を開催する者や、自分のこれまでを見つめ直すことで自分の軸を見つけ、実現したい世界の精度を上げていく者、滝沢市の魅力を発信し、得た反応にさらに想いを増幅させていく者など、曖昧だった彼らのイメージがクリアになっていく様子を目の当たりにした。
学生からすでにキャリアを築いた大人までが同じ時間と想いを共有し、つながり、刺激を受け共鳴しながらそれぞれの世界を見つけていく。

多数のメソッドをベースとして構成された独自プログラムは、ただ情緒的に気分を盛り上げて終わるというものではない。どう行動に落とし込んでいくかまでを参加者ひとりひとりが考え、形にし、そして「ピッチ(プレゼン)」という形でメンバーに宣言する。



コースの最終日は参加者も運営側も気持ちの高まりを抑え切れず落涙する場面が幾度もあった。
それは、ただ楽しく2ヶ月半を過ごしていたのではなく、自ら深く考え、悩み、行動を起こし、そこから学び、前に進んでいくということを仲間たちと繰り返してきた、かけがえのない時間を過ごしたからだろう。

プログラムを継続することへの課題と手応え

参加者の満足度が高い一方で、プログラムとして全てが順風満帆かといえばそうではない。

無償にも関わらず、コンフォートゾーンを出られず参加に至らない人も多い。これまでは、せっかく参加した人でも、熱量が持続できず宿題がこなせないことによってリタイアしてしまうこともあったという。

また、参加者の宣言がまだ “お金を生む”ことにつながっていないことにも至らなさを感じていると渡辺さんは語る。

「“稼ぐ”ということを地域が良くなるための指標の一つとして捉えています。価値を提供して誰かの役に立つことによってお金をいただくということなので、本当は参加者さんの活動を事業化して自分や他の人の生活を豊かにするところまで持っていきたいんです。」

一方で、投資企業の要望に応え切れていないことに焦りもあると、森内さんは言葉を加える。

「寄付をいただいて運営しているので、できる限り企業さんの要望を叶えていきたいのですが、プログラムの趣旨として難しかったり、人財のマッチングの機会をつくることに苦戦しています。」

アマターのプログラムは5カ年計画であり、今年で3年目を迎えた。5年間は国の助成金と企業型ふるさと納税によって運営されているが、6年目以降はそうはいかない。運営を継続し、より多くの人財を輩出していくために、民間企業から資金を得られる存在になれるよう、プログラムの改良を繰り返しながらも、出資企業に対してのプログラムの価値を高めていく方法を模索中だ。

滝沢市が面白いことをやっているという声を耳にするようになり、その一つにアマターの活動も入っていると感じていると彼らは言う。また、アマターで学んでいることを参加者が発信し自身のブランディングに役立てることでスキルを必要とする人から声がかかりやすくなり、そしてそれがアマターのブランディングにつながることを期待している。



「アマターを、学び、試し、つながり、その姿を見た人が参加をすることで輪を広げていくという拠点にしたいですし、仲間がじわじわ広がってきているのを感じていています。アマターが共通言語になるとつながりの絆が強いですし、ことが起こるスピードやクオリティも違うと思うんです」
地元に関わることをずっとやりたいと思っていたという渡辺さんは、生まれも育ちも滝沢市だ。つらいこともあります、と笑いながら、それでも充実していて楽しいと心から嬉しそうだ。

参加者の変化をより促進する秘訣は参加者と運営メンバーの絆作り

3年目のアマターで、今年の「やりたいことを見つける・能力開花コース&ばっちり実現コース」は今までで一番手応えを感じたと渡辺さんは続ける。

「このプログラムを運営してくださったYUIDEAさんには本当に感謝しています。最終日は終わって欲しくないという寂しい気持ちになりました。それは、関わってくださったYUIDEAの方たちのコミュニケーション頻度の高さや、本気で考えてサポートしてくださっていると感じられたからです。なにより参加者さんがYUIDEAさんと仲良くなって、終わるのが寂しいと言ってくれていたことも大きいですね。ここまでのクオリティで絆作りをしてくださったことに、本当に感謝しています。」



人財育成や人財開発プログラムは世の中に数多く存在する。しかし残念ながら、プログラムに参加したことで得られるものや、費やした時間の価値を感じられないものも多い。
満足度の高い人財育成とは、メソッドの質だけではなく、運営側がどれだけ参加者に関わり伴走し、本人の自発的な変化を促せるかという運営側の本気度に依るところが大きい。
アマター3年目の「やりたいことを見つける・能力開花コース&ばっちり実現コース」は、参加者と運営側の互いのエネルギーの高さが作用し合い増幅し、より大きな変化を生み出したのだ。

人を集めて地域経済を活性化する従来通りの地方創生ではなく 、町全体のスキル強化を行いながら優秀な人財を輩出する場所というブランディングによって、長期的な地域の活性化を目指す滝沢市。
長期的なブランディングは始まってまだ3年だが、既にアマターの輪が広がってきている。滝沢市のこうした活動には、企業からだけでなく、地方創生に取り組む自治体からの注目も集まっていくだろう。
アマター出身者が変えていく世界を見るのを、多くの人が心待ちにしている。

Nagisa YOSHIDA Sustainable Brand Journey 編集部

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