【 Sustainable Book Review 】食の未来は明るくできる 『サステナブル・フード革命: 食の未来を変えるイノベーション』

(2022.2.28 公開)

#食とくらし  #フードロス #フードテック  #オーガニック #スマート農業  #リジェネレーション


食の課題と解決策を探求する旅

世界的な食糧需要の急増と気候変動により、私たちの食べるものは根本的に変わろうとしています。「より過密に、より温暖化し、より乾いていく世界がもたらす食の危機」を、人々は超えていけるのでしょうか?

その問いに対する答えを求めて、著者である環境ジャーナリストのアマンダ・リトルは、アメリカ、ヨーロッパ、中国、アフリカ、イスラエルなどの12カ国を訪れ、各地域が直面している課題とそれに真摯に取り組む人々に会い、畑やラボを体験します。
食にまつわる様々な課題と解決策を探求する彼女の旅を私たち読者も追体験し、時に驚き、時に考えさせながら、食の最前線への知見を深めていけることが、本書の大きな魅力のひとつです。



サステナブル・フード革命: 食の未来を変えるイノベーション
アマンダ・リトル (著), 加藤万里子 (訳) /発行 インターシフト


本書で取り上げているトピックスは、遺伝子組み換え作物、除草ロボット、スマート農法、サケの養殖、培養肉、水管理システム、古代植物、3Dプリンターなど多岐にわたります。
幅広いテーマとともに提示される食の課題は、どれも密接に関わり合っており、様々なアプローチがありますが、著者は常に偏りなく中立な立場で情報を提供しつつ、統計データや現場調査をもとに軽妙な語り口でわかりやすく解説してくれます。

本書は、今、目の前にあるものが、どのように栽培され、加工され、店舗に届くのか。気候変動により私たちの食はどのような影響を受けるのか、栽培や飼育のために必要な資源がどのような状況にあるのかを伝え、何を食べるかについての優先順位を考えるための良質なガイドブックとなってくれるはずです。


食を通して気候変動を実感する時代へ

世界の人口は急激に増加しており、2030年には85億人に達するといわれています。また、大量の食糧が捨てられる一方で、世界では10人に一人が食糧不足の状態です(参照:国際連合広報センター:世界人口推計2019年版:要旨 10の主要な調査結果, 2019年 )。

現在の産業的な食農システムは、気候変動の大きな要因になっていると同時に、異常気象の影響を最も受けやすい産業でもあります。
本書によると、食料の大量生産が大量の無駄を生み、廃棄に大きなコストとエネルギーを使っています。また、野菜をはじめとする食品の栄養価の低下、集約化された大規模農場から処理センターまでが遠くなることによるサプライチェーンの脆弱化と輸送エネルギー、コストの増大など、増加した人口を養うためのイノベーションがあだとなり、環境破壊を促進していると記されています。

気候変動により、気温が上昇し、洪水や台風、干ばつなどの異常気象が続けば、当然、食糧を手に入れることは難しくなります。食システムの崩壊により、自分が食べるものやその価格、入手しやすさや品ぞろえが変わるため、今後世界のほとんどの人は、食を通して気候変動を実感することになるという支援団体の食糧政策・気候変動責任者の言葉が印象的でした。


食の危機をイノベーションで超える

厳しい現実を前にしても、著者は常に前向きです。気候が刻々と変化し、予測が困難な時代ではあるものの、科学技術は進歩し続けており、世界各地の農家、科学者、環境活動家、エンジニアたちが、食料生産を根本から見直しているという事実を置いて、食システムをめちゃくちゃにしたのはイノベーションと私たちの無知なのだから、イノベーションを適切な判断力をもって駆使すれば、修復できるはず、と語ります。

食料生産のためのより新しい、より良い方法を見つけ続け、危機を乗り越えていくための、本書の13のトピックスの中で、私が特に興味をもったのは、遺伝子組み換え作物、垂直農法、培養肉、3Dプリンターの可能性です。


必要以上に怖がらなくていい?
遺伝子組み換え作物

スーパーで豆腐などの加工食品を手に取る時、「遺伝子組み換え食品不使用」という文字をみると私の場合は、何となく安心します。遺伝子組み換えと聞くと、詳しい内容はわからずとも、人間が不可侵な領域まで踏み込んで科学操作を施した危険な食品というイメージが浮かんでくるのです。

しかし、本書では、米国科学アカデミー、WHOなど主要な国立科学協会はどこも、市販の遺伝子組み換え食品は人体に無害だと結論づけていること、さらに私たちは知らず知らずのうちに、多くの遺伝子組み換え食品を口にしていることを紹介しています。日本は菜種油や大豆、コーンの大部分を輸入に頼っていますが、それらの多くは遺伝子組み換え食品です。菜種油や大豆を原料につくられるマヨネーズや醤油などの調味料、飼料としてコーンを食べて育った牛、豚、鶏と牛乳や卵…。日常生活の中で遺伝子組み換え食品を避けることは不可能に近いのかもしれません。

遺伝子組み換え種子自体は安全だとされているにもかかわらず、健康を害するイメージが強いのは、それが大量の農薬と化学肥料を必要とするからでしょう。除草剤や害虫に強い特性をもつことが多い遺伝子組み換え種子に抵抗性を持つ虫が発現し、その虫を除去するために農薬散布料が増えるという問題があります。しかし、これは遺伝子組み換え種子に限ったことではなく、人間が殺虫剤などの農薬を生み出した時から続いている課題でもあります。

遺伝子組み換え種子を栽培する際に使用される大量の農薬とそれに伴う化学物質が人間に与える影響は心配ですが、ケニアでは安全性もさることながら「生きる」ことを最優先する農業として遺伝子組み換え種子を利用しています。遺伝子組み換え種子は大量生産が可能になるため、小規模農家を保護しながら農業の生産性を向上させるには好都合なのです。

きれいごとだけではない、生きることを優先するための遺伝子組み換え種子の活用を知り、著者が感じたのと同じように、私自身も、自分の思い込みや、確かな科学的根拠のない情報だけで「遺伝子組み換えは悪」と決めつけるような安易な判断をしないことの大切さを認識しました。自分勝手で不確かな正義感を振りかざすのではなく、遺伝子組み換えを使う人たちには、その人たちなりの理由があることに考えたうえで、どうしていくのがいいのかと思考することは、遺伝子組み換えのみならず、社会課題を考えていくうえでは欠かせない姿勢だと思いました。


フードテックで豊かなウマミと栄養を

・水や土壌など、食をとりまく環境のリジェネレーション

環境負荷の低減と、おいしさ、栄養価の高さで注目したいのは、垂直農法による葉物野菜と培養肉の可能性です。

急速な工業化で大気、大地、水がいったん汚染されてしまうと、どんなに多額の資金と新しい技術を投入したとしても溜まってしまった重金属やプラスチック、重金属を取り除くことは難しいことが、失敗に終わった中国の精密農業の章で紹介されていました。
一口にオーガニックといっても、そこにはグラデーションがあり、国により土壌のクリーン度も作物の安全性も異なります。

・垂直農法のポテンシャル

汚れた土、水、空気が問題なら、土を使わずにきれいな空気とごく少量の浄水で、人工ライトを用いて野菜をつくればいい、汚染もなく殺虫剤も必要ない、都会のビルの中で作れば長距離輸送を行わないのでフレッシュなうえにCO2まで減らせる…。そんな発想でアメリカやシンガポールで積極的にすすめられているのが垂直農法です。



植物の成長に良いというピンクのライトが昼夜問わず降り注ぐビルの中で、ニョキニョキと葉を伸ばす野菜の姿を目にすると、垂直農法にSFのディストピアのような印象を抱きがちですが、そのメリットを聞くにつれ、「自分が知っている“自然”とは違う」というだけで排除するのはもったいないほどの大きな可能性を感じます。

LEDの節電率をさらに高める、バクテリアなどの管理が大変、停電時の対策など、課題はあるものの、独特の風味や色合い、栄養価を加え、ワインでいうところの「テロワール(その土地ならではの特徴)」を加えていこうという「デジタルテロワール」の発想もユニークです。

垂直農法は、日本でも取り入れられています。スーパーのサミットや紀伊国屋が垂直農法の葉物野菜を販売しはじめており、新鮮野菜の安定供給という文脈で、今後取扱店がさらに増えていくかもしれません。


(画像引用: Infarm – Indoor Urban Farming Japan 株式会社 プレスリリース ,2021年 )


代替肉の可能性については、サステナブル・ビジネス・ジャーニーでも以前とりあげていますが、培養肉は、動物の細胞から動物を生み出すことなく食肉のみを創り出していく技術です。
代替肉で課題とされていた肉本来の旨味や歯ごたえをしっかりと保ちながらも、畜産で環境に負荷をかけないという点は注目に値します。コストや安全面からまだ実用的な段階には至っていませんが、今後の動きが気になる分野です。

日本でも、大手食品メーカーが研究機関とのパートナーシップを組み、培養肉の研究をすすめています。日清食品グループでは、2017年の8月から東京大学と「培養ステーキ肉」の共同研究を開始。肉厚なステーキ肉を実現するという、前人未到の挑戦をしています。また、日本ハム株式会社は、インテグリカルチャー株式会社と共同で動物細胞の大量培養による食品の製造に向けて基盤技術開発を2019年から始めています。


問題は技術や手法ではなく、エシカルと価値観

本書には数多くの食農の先駆者たちが登場しますが、その姿勢に最も心動かされるのは、元軍人のエリートエンジニアでもある農業家、クリス・ニューマン氏でしょう。彼は語ります。

「持続型農家を自称する人には、テクノロジーを恐ろしい脅威と見なしたり、自然界、とりわけ現代食システムを蝕むファシストの暴君と考える者が大勢いる。でも、問題はテクノロジーじゃない。そのテクノロジーを活用する基盤、どんな作物をなぜ、どこで栽培するかの基盤となる倫理や価値観、動機こそが問題だったんだ。これまで私たちは地域の生態系を無視し、世界経済のために食料を育てることばかり重視してきた。テクノロジーを使えば、その仕組みを逆転させることができる」

私たちはエコやオーガニックに固執してテクノロジーを放棄する、あるいはスマート農業を礼賛して伝統を否定する必要はありません。伝統的な料理方法や食べものを囲んで談話する体験を失う必要もありません。



彼の言葉は、二者択一ではなくて、対立する様々なアイディアを組合せながら、より多くの人を巻き込み食料供給に向かっていくことが大事だと気づかせてくれます。それは作者が繰り返し主張していることでもあり、本書は食の明るい未来を信じながら、人々はその方向に向かって現実的、挑戦的、かつ謙虚に創意工夫を続けていけるはずだと感じさせてくれます。



【参照サイト】

国際連合広報センター 世界人口推計2019年版

日清食品 サステナビリティ 研究室からステーキ肉をつくる

インテグリカルチャー株式会社プレスリリース

Infarm – Indoor Urban Farming Japan 株式会社プレスリリース




■執筆:contributing editor  Chisa MIZUNO 
#ウェルネス #ビューティ #コンセプトメーカー #全国通訳案内士






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