紛争への資金提供を防ぐウォッチ・ジュエリー業界のトレーサビリティ強化と、それぞれの情報発信のかたち

( 2022.1.6. 公開 )

#コンフリクトフリー #トレーサビリティ #SNSマーケティング #グローバルブランド

“コンフリクトフリー“という言葉を耳にしたことはあるだろうか。コンフリクトとは「紛争」であり、直訳すると“コンフリクトフリー“は「紛争と関わりがない」という意味だ。
コンゴ民主共和国と近隣諸国において紛争の資金源として取引されているタンタル、スズ、タングステン、そして金(ゴールド)といった鉱物が「紛争鉱物」と呼ばれている。コンフリクトフリーとは、紛争の資金源となっていないこれら鉱物のことであり、鉱物名称からは私たちの生活との関連がわかりにくいが、これらの鉱物は実はとても身近な存在だ。

生活者の目に触れることがないためあまり認識がされてはいないが、身近な使用用途としては、パソコン、携帯電話、デジタルカメラ、GPS、ゲーム機器、缶、白熱電球、そして宝飾品が挙げられる。こういった製品を生産している企業は、自社が紛争鉱物を使用していないことをサイトで明示することも多くなってきている。



また、上記に挙げた鉱物以外でも、ダイヤモンドをはじめとする天然石や貴石について、紛争の資金源になっていないことをコンフリクトフリーと呼ぶことが多い。
日本で2007年に公開された映画「ブラッド・ダイヤモンド」では、大手ジュエリー企業がアフリカで採掘されたダイヤモンドを購入することが武装勢力の資金源となっているという物語を描き、紛争、殺戮、奴隷のような強制労働、搾取、そして、誘拐した少年たちを洗脳して少年兵にする、などといった人権迫害の現実 を広く知らしめ問題を提起した。

ファッション産業では原料や生産者が環境や人権に悪影響をもたらしていないかに注目が高まり、各企業が取り組むトレーサビリティの強化が頻繁に話題に上るようになったが、ウォッチ・ジュエリー業界でも同様の動きが広がっている。
サステナブルをコンセプトとしたブランドも数多く誕生する一方で、歴史とブランド力のある大手ブランドもサステナビリティの推進に力を入れている。


サステナブルを根幹に位置付けたブランド「シチズン エル」


(画像引用: CITIZEN 公式サイト

日本のブランドでは、シチズンが2016年より「シチズン エル」のブランドの根幹にサステナビリティを位置付けた。シチズンでは、製品に用いられている成分と含有量を公開し、コンフリクトフリー素材だけで製品の製造を行っていると表明している。ダイヤモンドに関しては、先ほど述べたような様々な問題の原因となる天然ダイヤモンドではなく、ラボグロウン・ダイヤモンドを採用し、環境や人権への配慮のあるものづくりだ。
また、太陽光や室内のわずかな光を電気に換えて時計を動かし、余った電気を二次電池に蓄える独自技術「エコ・ドライブ」を開発することにより廃棄電池の削減を行ったり、CO2排出量(カーボン フットプリント)を公開するなど、積極的にサステナビリティに向き合っている。


同じ想いを持つ事業者とのタイアップによる接点の拡大

サステナビリティに対する意識の浸透が欧米に比べ進んでいない日本では、同じ思いを持つ企業・団体やブランドと手を取り合うことでより多くの生活者に情報が届けられる仕組みは情報拡散に効果的だ。

シチズンは2021年4月に行ったソーシャルグッドキャンペーンで、“みんなが笑顔になれる世界”を目指すさまざまな取り組みをスペシャルサイトで公開し、2つのブランドからサステナビリティをテーマにした限定モデルを発売した。この限定モデルは、製品自体のサステナビリティだけでなく、サステナブルな社会を目指す事業者と手を取り、コンセプトにもサステナビリティが織り込まれている。

「シチズン クロスシー」の限定モデルは、アフリカから貧困をなくすことを目指してアフリカ産の高品質なバラを日本で販売するバラ専門店「アフリカローズ」とコラボレーションを行った。この製品を購入すると、アフリカローズの店舗でバラ受け取ることができる。店舗が都内2カ所と限られるのは残念だが、事業者が力を注ぐ来店促進を実現しアフリカローズの売り上げが増えることにより、バラを生産するアフリカ女性の経済的サポートにつながる仕組みになっている。
直接的には、売り上げの一部が国際NGOプラン・インターナショナルの「Because I am a Girl」キャンペーンを通じタンザニアの女の子にやさしいトイレを設置する活動に寄付される。

また「シチズン エル」では、海洋保全(海洋生物多様性保全) に共感したハンドクラフトジュエリーブランド「チャンルー」とのコラボレーションによって話題性を強化しつつ、ビーチで回収されたペットボトルから生まれた繊維を編み込んで作られたストラップを用いた限定モデルを製造。売り上げの一部を海洋プラスチックごみ 問題に取り組むUpDRIFT™によるビーチクリーンイベントの活動費として提供すると発表している。

慎み深さや謙虚さが美徳とされてきた日本では、自己アピールを躊躇する傾向が根強い。 しかし、SNSの活用などによって発信することへのハードルが下がり、ミレニアル・Z世代が中心となっていくこれからの世代では、主張することが求心力の一つとなっており、ポジティブな変化をもたらすための活動はどんどん主張し伝えていくことが重要である。 特に、その売り上げが社会課題を解決するために還元されるのならなおさらだ。


業界へのインパクトを意識した、ティファニーのトレーサビリティの強化


グローバルブランドではティファニーが革新的な取り組みを進めている。
同社は2020年に、2025年までの達成を目指す「サステナビリティ・ゴール」を発表した。これは大きく分けて「商品」「人」「地球」の3つから構成されている。ダイヤモンド、ゴールド、シルバー、プラチナに始まり店舗のインテリアやパッケージまで責任ある調達を目指し、ダイバーシティ、インクルージョン、女性の活躍やリーダーシップなどを推進し、温室効果ガスのネットゼロ(カーボンニュートラル)正味排出量ゼロ を掲げている。

同社は2005年にカルティエやデビアス・グループなどの代表的なジュエリー企業及び団体14社などとともに、鉱物のサプライチェーンにおいて採掘から販売までの工程で責任ある取引を確立する国際的非営利団体「責任あるジュエリー協議会(RJC=Responsible Jewellery Council)」を設立した。


(画像引用:Responsible Jewellery Council 公式サイト


また2020年にストーンの製作過程を紹介する取り組みを開始し、ダイヤモンドのカット、研磨、グレードの鑑定、セッティングの製造工程をティファニー ダイヤモンド鑑定書に記載している。ここまでの透明性はハイジュエリーを扱うブランドでは初めてと言われている。これにより、環境と人権に配慮した原石を使い、職人の適正な労働環境や品質の確保を実現している。

ジュエリーに使用されるすべての金、銀、プラチナの鉱山またはリサイクル業者にまで遡る100%のトレーサビリティを2021年末までに達成することを目指しており、ダイヤモンド以外の貴石についても厳格な調達プロトコルを採用し透明性や人権に関する懸念がある国では宝石を調達しないと決定している。

ティファニーは自社の取り組みとしてだけでなく、自らの存在がジュエリー業界全体にインパクトを与えることのできるブランドであることを意識し、模範的な活動を行っている。
現地の環境や人権を守るためにすべての原石を信頼できる業者や供給元から直接調達し、さらに現地の経済の改善にも取り組んでいる。彼らがダイヤモンドのトレーサビリティを高めることが、ダイヤモンドの品質だけでなく社会や環境に対する責任を保証するベストな方法であると考えているのだ。

エンゲージリングやマリッジリングといったカテゴリーが大きな売り上げを占めている同社において、その幸せのシンボルが奴隷のような強制労働や殺戮の上に生まれたという背景はあってはならないことである。
そして情報を適切にかつ厳正に開示し、顧客の「知る権利」をも保証することこそが、ティファニーを選ぶ顧客の幸せにも正しく貢献することにつながると考えてのことではないだろうか。


キャンペーンではないティファニーのサステナビリティ活動の伝え方

筆者が調べた限り、サステナビリティを前面に出したキャンペーン活動は目にしなかった。しかしながら、公式サイトのトップページに彼らの責任ある活動を明記しているだけでなく、サステナブルブランドの特集記事での紹介にもたびたび登場しているのは、広報部の発信力やメディア連携の成果だと考えられる。

ティファニーは、カジュアルからハイジュエリーまで幅広いアイテムを取り扱っているため顧客ターゲットが幅広い。また早い段階からインフルエンサーマーケティングやSNSの活用に力を入れ、ミレニアル・Z世代へのアプローチを活発に行ない、男性へのアプローチに積極的であることも特徴のひとつだ。サステナブルなブランドであることが購買の選択理由の一つとなってきているZ世代との接点を広げることは、今のブランド想起だけでなく5年後10年後に選ばれる存在になっていることにもつながる。
ここ数年で、年齢や性別によって経済力を測ることが難しくなってきており、マーケティングも以前より柔軟さが求められるようになっている。この背景においてブランドの威厳を守りながら幅広い年齢層の生活者を魅了していくことはブランディング成功の一つの鍵と言えるだろう。

各社発信の方法はさまざまだが、取り組みを伝えることはとても重要だ。ウォッチ・ジュエリーの購買において、紛争や人権迫害への加担につながる可能性があること、そしてトレーサビリティやサステナビリティの意義を伝えていくことが、ささやかではあるが世界を変えることへの重要な一歩となるはずである。

事業者ごとに顧客や目指すブランドの姿が異なるように、サステナビリティの伝え方もひとつではない。自社にフィットするかたちが何かをしっかりと考え実行することが重要だといえるだろう。



【 参考サイト 】

CITIZEN : NEW TiME , NEW ME

CITIZEN L : サステナブルな素材

AFRICA ROSE

TIFFANY : 信頼できるダイヤモンド界のリーダー

TIFFANY : サステナビリティ活動の柱



Nagisa YOSHIDA  Sustainable Brand Journey 編集部

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