【ビジネスと人権】 いま企業に求められる人権デューデリジェンス

12月10日は世界人権デーでした。ビジネスにおける人権も段々と重要視されるようになってきましたが、みなさんは「人権デューデリジェンス」という言葉を聞いたことはあるでしょうか? 企業活動において、社内だけではなくサプライチェーン全体を通して人権への悪影響がないか等リスクを特定し、その対策や予防措置を取ること、またその情報開示を行うことを人権デューデリジェンスと呼びます。欧州では人権デューデリジェンスの法制化・義務化が進んでおり、その内容は人権にとどまらず環境・社会・ガバナンスといった項目にも及んでいます。

今回の記事では、ビジネスと人権の現状や人権デューデリジェンスの必要性について、企業の事例とともにご紹介していきたいと思います。

重大な経営リスクとなり得る人権問題


直近での象徴的な出来事としては、中国・新疆(読み方:シンチャン)ウイグル自治区の強制労働問題があります。先日米下院では、新疆ウイグル自治区からの輸入を全面的に禁止する「ウイグル強制労働防止法案」が可決されました。それまでも綿花など一部品目には禁輸措置が出ていましたが、今回は同自治区全体が輸入禁止措置の対象となります。

問題が取り沙汰されて以降、日本のアパレル大手の中でも該当地区で生産された綿製品の輸入を取りやめることを発表している企業もあります。しかし、日本の衣料品は約7割が中国から来ており、また中国で生産される綿は約9割が新疆綿だとされることから、完全に輸入をやめることは難しいのではとの見方もあります。

国内を見てみても、以前からメディアなどで度々外国人技能実習生の劣悪な労働環境問題が取りあげられ、企業名の特定・推測や不買などにつながっています。

このようにサプライチェーンに潜む人権問題は、企業イメージの低下や不買運動などのレピュテーションリスクの他、労働環境へのボイコットなど人的リスク、訴訟を起こされるなどの法務リスクもあります。また投資家によるESG(環境・社会・ガバナンス)重視の傾向も年々強くなっており、投資引き揚げなどの財務リスクもはらんでいます。


世界から見て遅れている日本の人権デューデリジェンス

世界で人権デューデリジェンスが進むきっかけとなったのが2011年に国連人権理事会が全会一致で承認した「ビジネスと人権に関する指導原則」です。これ以降、欧米各国はこれに即した行動計画を求められ、関連法の策定が相次ぎました。

しかし、日本を始めアジアではその動きが鈍く遅れていることは否めません。日本政府は2020年10月に、企業に人権を尊重した取り組みへの期待を表明した「『ビジネスと人権』に関する行動計画」を策定、2021年には東京証券取引所がコーポレート・ガバナンスコードを改訂、人権尊重を求める規定を追加しました。しかし法規制がなく、2021年の米国の人身取引被害者保護法第104条に基づく報告書では、前年に引き続き日本政府の対策が最低基準を満たしていないと評価されてしまいました。


日本企業の人権デューデリジェンスへの取り組み事例

このように法整備などの取り組みが遅れているものの、様々な企業が人権デューデリジェンスに取り組んでいます。

【ANA ホールディングス株式会社】

例えば、ANA ホールディングス株式会社(以下ANA)は、日本企業の中で初めて人権報告書を公開し、毎年ビジネスと人権の取り組みについて情報開示を行っています。早くからビジネスと人権の問題に取り組む背景には、2014年に広告の一部表現で厳しい意見が寄せられたことや、英国で活動する企業に適用される現代奴隷法の法制化の動きがありました。

2016年4月、ANAは人権への取り組みを進めていく上で人権方針を発表しました。人権デューデリジェンスの実施にあたっては、外部専門家を交えながら重要な人権テーマを以下の4つに特定し、リスク調査や是正措置を行っています。


(画像引用:ANA公式サイト

1) 日本における外国人労働者の労働環境の把握

2) 機内食に係るサプライチェーンマネジメントの強化

3) 航空機を利用した人身取引の禁止

4) 贈収賄の防止


具体的な取り組みとしては例えば、2) 機内食に係るサプライチェーンマネジメントの強化に関して、2017年に日本企業としては初めてBluenumber Initiativeに参画しました。これは、生産者や生産物・販売者などにIDを発行しこれをブルーナンバー財団が管理することで、食に係るサプライチェーンの透明性を高めるものです。また海外委託先やサプライヤーともエンゲージメントを高めており、現地でのヒアリング調査やガイドライン共有を実施しています。

さらに、ANAはこのような情報を毎年人権報告書で報告しています。ANAは、仮に不十分だとしてもまずは取り組みを開示し、その上で改善をし続けていくことが重要と考えているそうです。すでに欧米では、情報を開示していないことは何もやっていないか後ろめたいことをしているとみなされる等、情報開示が当たり前になっています。

【三菱地所株式会社】

三菱地所株式会社(以下三菱地所)は、2018年に不動産業界に先駆けて人権方針を策定しました。会社全体としては、1970年代から差別・同和問題といった人権課題への啓発活動を行ってきていたこともあり人権の重要性には関心がありました。

外部専門家のサポートを受けつつ、不動産開発事業、海外事業、ホテル事業の3つの事業を人権リスクが顕在化しやすい領域とし、取り組みを進めています。

具体的な取り組みとしては例えば、ホテル事業におけるホテルでの提供食材のサプライチェーンを見直し、フェアトレード認証のコーヒーやワインを導入、児童労働の利用されていない商品を提供しています。また、三菱地所が発起人として建設・不動産業界大手8社の勉強会を実施、外国人技能実習生へのヒアリングを各社が実施し、改善が必要な事項を特定。協力会社への周知・指導を行い業界全体として取り組みを進めています。



社内浸透プロセスのヒント

ここまで、ビジネスにおける人権の現状、人権デューデリジェンスの必要性、企業の取り組み事例を見てきました。このような状況を知るということもまずは重要なことではあるのですが、では自分の会社で何ができるのだろうか?そう思う方も多いかもしれません。ここでは、人権デューデリジェンスに取り組むにあたり重要なポイントと、ヒントになりそうな企業の事例を紹介します。

【経営層の理解】

会社全体で人権デューデリジェンスを実施していくにあたり必ず必要になるのが、経営層の理解です。経営層に人権に対する理解があった企業では、人権ポリシー策定が早く進んだと言います。

逆に経営層の理解がまだそこまで進んでいない場合には、下記のような手段で経営層の理解を得た事例があります。

・経営層に対して、人権ポリシー策定以前から人権に関する研修を行い理解のベースを作った

・経営層に対して、人権に対する取り組みを行わなかった場合の機会損失の試算や、業界内の先進企業の取り組み、またESG評価機関からの評価結果を引用するなどビジネスとの関連性を説明し理解にこぎつけた

・経営層に対して、人権を軽視することにより取引の縁を切られてしまう時代であるという事例を、切迫感を持って繰り返し説明した


以上はそれぞれ異なる企業の例ですが、人権への取り組みを実施しないことがどうビジネスに影響するかを具体的に説明することで理解に繋げていました。社内のトップからポリシーを発信することは会社全体としての推進力を高めることに繋がります。特に中小企業は経営者の決断一つで大きく舵取りを変えることができるでしょう。


【社内教育】

トップの推進力が足りない場合に重要になってくるのが現場のボトムアップです。こちらも、経営層へ説明する時とポイントは変わらず、本業といかに深く関わっているかを理解してもらう、いかに自分ごと化してもらえるかという点が重要になってきます。

・人権デューデリジェンスに実際に取り組む際に、各部署などで人権課題の洗い出しを試みた。しかし、そもそも彼らの理解や知識も追いついていなかったため、外部の専門家を交えて自分たちの部署でどんな課題がありうるのか洗い出しを実施した

・一方的に現場に人権課題の分析結果を伝えるのではなく、「人権に対して現場がしっかり取り組んでいることを社外にも訴求していきたい」という姿勢のもとでコミュニケーションを取り社内関係部署及びサ プライヤーの理解を得た

・NGOや専門家からの助言をもらうとともに、グループの月例会ではNGOから講師を招き勉強会を開催している

・同じ業界の他の企業と合同で勉強会を開催した




Eラーニングや勉強会などを実施し、社員に普段から「人権」というテーマに馴染みを持ってもらうこと、それに加えて「自分たちの本業の中にあり得る人権問題」について外部の専門家を招き議論するという方法も効果的なようです。

今回はビジネスと人権について、その現状や人権デューデリジェンスの必要性、企業の取り組みをご紹介してきました。

日本では、欧米諸国と比較して消費者の意識もまだそこまで高くないこともあり、まだそれほど必要性を感じていない企業もあるかもしれません。しかしながら、昨今のSDGsやサステナビリティが急速に浸透している状況から鑑みても、消費者の意識は確実に変わってきており、とりわけ若い世代は企業が人権デューデリジェンスに対してどのように配慮し取り組んでいるかを注視する傾向になるでしょう。



【 参考サイト 】

「ビジネスと人権」に関する取組事例集, 外務省

ANA「人権報告書2020」

三菱地所グループ「人権に関する方針」



■執筆:contributing editor   Eriko SAINO
#ファッション #トレーサビリティ #エシカル消費 #人権 #フェアトレード #気候正義

お問い合わせはこちら