なぜ、マテリアリティが必要? 社会からの期待に企業がどう応えるかを示す指針

2021年11月12日にCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)は幕を閉じました。
この会議では世界全体で1.5℃を目指すことが改めて確認されましたが、一方では、気温上昇を1.5℃以下に抑えることはきわめて達困難では、という悲観論も流れています。
すでに1℃以上気温が上昇している今の状態からこの厳しい目標を達成するために、社会全体における「変革」を各国の政府や企業がどのように加速させるかが重要な鍵を握ります。また地球環境だけでなく、人権や多様性など、ビジネスにおけるサプライヤーにも社会から厳しい目が注がれるようになってきました。

企業活動そのものをいかに持続可能にするか。社会課題への解決策を提示し、具体的な貢献を通してあらゆるステークホルダーから支持されて、企業価値を向上させることが、いま企業に求められています。

そんな中で「マテリアリティ」という言葉が、ここ数年サステナビリティ=持続可能性の文脈で頻繁に聞かれるようになりました。マテリアリティとは、「自社に関わる重要課題」という意味です。

マテリアリティが注目されてきた歴史的な背景を紐解きながら、マテリアリティを自社のサステナビリティ活動に取り入れて社会ニーズに貢献している好事例をご紹介します。

社会課題は時代と共に変化する

マテリアリティはこれまで、社会のなかでどのような課題・背景で注目されてきたのでしょうか。歴史を遡ってみましょう。

1960~70年代には各地で公害が健康被害をもたらし、排水・排気設備に投資する必要が生じました。また、同時代の鉄道・航空各社では労働争議によるストライキが頻発。経営側は従業員の賃金改定や福利厚生を重視せざるを得なくなりました。
1990年代以降は地球環境問題がクローズアップされ、各社はこぞって環境マネジメントシステムISO14001を認証取得しました。
そして2000年代に入ってくると、少子高齢化による労働力不足が顕著になり、働く女性が増えてきました。そうなるとこれまで家事、育児、介護などを中心に担ってきた女性が仕事との両立に困難を抱え、「ワークライフバランス」や「ジェンダー平等」という言葉が注目されるようになってきました。



2011年の東日本大震災以降は、再生可能エネルギーやグリーン電力を支持する声が高まり、温暖化によって引き起こされる豪雨や台風が甚大な自然災害をおよぼすことから、脱炭素が重要な課題と捉えられはじめました。



このように、時代や環境が移り変わるにつれて、企業に求められる社会ニーズも変化しています。


数ある社会課題を、自社の強みを活かして解決につなげられるか

・SDGsからマテリアリティを考える

このように様々に変わりゆく社会からの要請に対して企業はどのように向き合えばいいのでしょうか?
社会課題と一言にいっても、気候変動をはじめプラスチックごみといった環境課題から、ジェンダー平等や人権、はたまた貧困と格差、育児や介護問題など多岐にわたります。どれもが私たちにとって大切な問題であるとは分かっていながらも、それを自社でどのように対応できるのかと考えると、「何から、どのように着手したらいいか分からない」と途方に暮れてしまうのではないでしょうか。

マテリアリティとは企業にとっての「重要課題」を意味します。まさに「何を、どこから取り組んでいくのか」という方向性を決めるための優先順位を示すものなのです。
では、そのマテリアリティは、どのように決めていけばいいのでしょうか?

2021年の流行語にも選ばれた「SDGs(Sustainable Development Goals)」は、すでにご存知でしょう。2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標であり、17のゴール(目標)と169のターゲットから成ります。
このSDGsを参考に、自社の強みを生かして、マテリアリティを考えてみるのも一つの方法です。

・SDGコンパスをご存知ですか?

その際に手助けとなるものに「SDGコンパス」があります。


(画像引用:The SDG Compass UN Global Compact 公式サイト

これは、SDGsが事業活動にもたらす影響を解説するとともに、持続可能性を企業の戦略の中心に据えるためのガイドです。
GRI(Global Reporting Initiative)や国連グローバル・コンパクト、WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が作成しているため信頼性・納得性がともに高く、グローバルにも対応しています。

SDGコンパスの5つのステップを元に、SDGsに取り組むための事前準備を詳しく解説した記事が以下にありますので、併せてご参照ください。

>>関連記事:「【入門】SDGs導入診断 SDGsに取り組むための事前準備、大丈夫ですか?」



マテリアリティ経営とコーポレートブランディング


下図にあるように、横軸に自社の経営上の重要課題、縦軸に社会の重視する課題として、
右上に位置するものを最重要課題とする「マテリアリティ・マップ」を作成、公開している企業も増えてきました。


(画像引用:「未来をおしえて!アミタさん」サイト

企業がすべての社会課題に取り組み、解決するというのは現実的ではありません。そこで優先順位をつけて、明確に目標設定をしたうえで着実に達成を目指していく姿勢が求められるのです。最も重要なのは、いま目の前にある課題に都度フォーカスするのではなく、長期的に継続できるかどうか、という視点で考えることです。

つづいては、企業のマテリアリティが経営に統合され、コーポレートブランディングや
生活者とのコミュニケーション設計に活かされている好事例をみていきましょう。


ネスレ:創業理念を忘れない

・ロゴマークに受け継がれるストーリー

言わずと知れた食品メーカーのグローバル企業ネスレ。同社のスローガンは「Good Food, Good Life」です。「食の持つ力で、現在そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高めていきます」というコーポレートメッセージも発信しています。

ネスレにおけるマテリアリティの起源は、創業時のスイスで始めた煉乳生産に遡ります。当時は乳幼児の栄養不足が問題になっていました。そこで、ネスレの創業者アンリ・ネスレは畜産業の盛んなスイスにおいて「乳児用乳製品」の生産を開始しました。
これは牛乳に小麦粉、砂糖を混ぜたもので、母乳での育児の難しい赤ちゃんにも簡易に摂取できるものであり、当時の乳児の高い死亡率を改善できる画期的な製品となりました。
現在もロゴマークとして使われている小鳥の巣の図柄はこの当時から使われており、親鳥がヒナにエサを与え愛情深く子育てする様子は、まさに同社の創業の精神を体現していると言えるでしょう。


左:創業当時のロゴ         右:2021年現在のロゴ
(画像引用:
ネスレ コーポレートサイト「ロゴの歴史」

世界で、そして日本で販売されているすべてのネスレ製品につけられている親鳥がひなを見守る姿。
このロゴマークは、子どもをはぐくむ親の愛を描いたものとして、今も世界中で言葉や文化の壁を越えて、親しまれています。

・「困りごと」という社会ニーズに応える商品開発

また、缶に封入することで安全に長期保存が可能という点でも煉乳は優れていました。第一次世界大戦中には、煉乳は日持ちし、輸送も容易なため、軍隊においても非常食として重宝されていたほどです。

インスタントコーヒーのネスカフェは、ブラジル政府からの「過剰に生産してしまったコーヒーの販路を探してほしい」という依頼を受けて開発されました。コーヒー豆から抽出した粉末状にお湯を注ぐだけで、香り豊かなコーヒーがいつでもどこでも気軽に楽しめるという画期的なものであり、ライフスタイルを変えたと言ってもよいでしょう。世界で生産されるネスカフェは、レギュラーコーヒーよりも長く味と香りを保ち、簡便にいつでもどこでも気軽においしいコーヒーが味わえることから、その人気が高まり、販売量を急速に伸ばしました。

やがて缶入りだったネスカフェは、さらに利便性の高い瓶入りへと変わっていきました。今では、詰め替え用のエコ&システムパックというタイプは筒状の紙製となり環境負荷を抑えるとともに、一瞬で詰め替えが完了する効率性も実現しています。

これらの革新的な製品の根本は、社会やステークホルダーからの「困った」を何とかしたいという思いから産み出されたものだったのです。

・ステークホルダーも納得のマテリアリティ

(画像引用:ネスレ公式サイト)

ネスレの重要課題マトリックスでは、最も重視しているのが右上にある「気候と脱炭素化」です。
次に「革新的ビジネスモデル」「デジタルと技術」「競争力と生産性」「製品パッケージとプラスチック」「消費者行動の変化」「製品ポートフォリオの栄養価」「製品の品質と安全性」がつづきます。

前述の創業者の思いと、その後のネスレの変遷を知ってこれを眺めると、社外のステークホルダーからもこのマテリアリティは説得力のある内容になっているのではないでしょうか。

地方型のホテル業はステークホルダーをどう考え、位置付けるか

・地域社会も重要なステークホルダー

次に国内でもひときわユニークな取り組みをしている好例として、全国にビジネスホテルを展開するスーパーホテルの事例を見ていきましょう。

マテリアリティを策定する場合には、最初にステークホルダーをどう定義するかが大切な作業です。
従業員、顧客、株主・投資家、取引先・サプライヤーなどがベーシックなステークホルダーですが、さらに地域社会も重要なステークホルダーと定義づけられるでしょう。しかしながら、地域社会に対する取り組みにおいては慈善活動のように捉えている企業も多いのではないでしょうか。

ビジネスホテルは、出張で訪れるビジネスパーソンだけでなく、観光目的で利用する人も多いので、利用者がその地域に魅力を感じれば、さらなる再訪につながり、ホテルにとっても地域にとっても商機がひろがります。
逆に言うと、その地域に活気がないと、ビジネスチャンスのみならず地域の発展も先細りとなってしまうでしょう。

スーパーホテルは、マテリアリティに「地球環境と社会をサスティナブルに」と定めています。
社会における主要なステークホルダーとして地域を位置づけているのです。


・ボトムアップとパートナーシップ連携で好循環を生むサステナビリティ活動

スーパーホテルでは各店舗に裁量権を持たせ、地域の実情に応じた取り組みを行っています。
一部の店舗では、ロビーや朝食会場にて、宿泊客にウェルカムドリンクのサービスを取り入れています。これは宿泊客が自宅にいるかのようにリラックスできるようにと始めたサービスですが、ここですごす時間をきっかけに、ビジネスパーソン同士が新しい商談につながる機会も珍しくないそうです。

また別の事例として、コロナ禍の2020年4月にオープンした岡山駅東口店では、このホテルにお酒を納品している酒店が、コロナ禍で大変な近隣の飲食店を応援するためフードデリバリー・サービスを始めたそうです。

デリバリー食材を提供する飲食店のなかには、県内の農業高校で育てた野菜や畜産物を仕入れて料理を提供している、地元で人気のお店もありました。このお店もコロナ禍で客足が落ち、高校生が手塩にかけて育てた食材を廃棄せざるを得ない状況でした。しかしせっかくの食材を廃棄するのは忍びないという思いと、地元の飲食店を助けたいという思いから、先述の酒店が仲立ちとなり、ウェルカムバーでお弁当やお惣菜の販売をはじめました。



地元の野菜を使ったヘルシーなメニューもさることながら、お弁当が600円、お惣菜は1品150円というリーズナブルな価格設定も顧客から好評を博しました。緊急事態宣言発令中に一度やむを得ずこのサービスを休止したところ、「楽しみにしていたのに…」と顧客から不満の声が上がるほどでした。

このように、近隣の酒店とパートナーシップ連携することにより、飲食店や農業高校の生産者、宿泊客、地元の顧客、全員に喜ばれ、しかも食品ロスの削減にもつながる好循環が生まれました。現場の社員が地域の課題を捉えて知恵を絞り、人脈を生かし、仕事を通じ課題解決につなげていった素晴らしい事例と言えるでしょう。



他の地域でも、御殿場店では養護施設の子どもへの支援を行っていたり、奈良では鹿の保護を行うなど、活動内容は様々ながら、いずれも「地域を元気にする」というスーパーホテルのマテリアリティに合致しています。



■執筆: YUIDEA ESG division

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