コミュニケーションビジュアルの変化におけるキーワードは「ローカル化」と「ダイバーシティ」

ネットや街で見かける外資ブランドのビジュアル。そのクリエイティブに変化が起きていることに気づきませんか?
以前は外資ブランドのビジュアルには、本国が選んだ本国のモデルが起用されることが常識でした。ところが今、日本で目にする欧米ブランドのビジュアルに、アジア系モデルが起用されることが増えてきています。様々なファッションや化粧品のブランドが日本人やアジア人をアンバサダーとして起用するというニュースを目にした方も多いのではないでしょうか。
その背景にあるブランドの意図について考えていきたいと思います。


変わることが難しかったダイバーシティ

1980-90年代に一世を風靡したスーパーモデルの台頭以来さまざまな肌の色のモデルが活躍するようになりましたが、その浸透スピードはとても緩やかであり、今でもしばしば差別問題が取り上げられているのが現状です。
このように、長い時間をかけてもなかなか変わることができなかったものが、いま急速に変化してきている。その理由は何でしょうか。

欧米外資ブランドが長年行ってきたイメージ戦略

シャネル、ブルガリ、ランコム・・・。これまで欧米の外資ブランドといえば、歴史的背景による日本人の欧米への憧れによって、本国のコケージャン(Caucasian)いわゆる「白人」のビジュアルイメージを使用することが常識でした。
ハリウッド俳優やスーパーモデルによって憧れの象徴としてブランドのイメージを作り上げ、同時に彼ら著名人の高い認知度を活用してブランドの認知を広げながら、ファンの購買意欲を刺激したり好意的なイメージを醸成するという戦略でした。
ところが昨今この手法は大きく変化しているといえます。

地域ごとにアンバサダーを起用する戦略へシフト

ここ数年、ブランドが地域ごとの“アンバサダー”を起用し、その地域に最適なコミュニケーションを行うということが一般的になってきています。

具体的な例を見てみましょう。
ファッション業界ではシャネルの小松菜奈さん、ヴィトンの市川海老蔵さんや広瀬すずさん、トミー ヒルフィガーの北村匠海さん。ジュエリーではブルガリの山下智久さん、化粧品ではディオールの吉沢亮さんや新木優子さん、エスティローダーのKokiさん、ランコムの戸田恵梨香さん。
このように、日本の著名人が外資ブランドのアンバサダーとして選ばれることが多くなりました。これらのうち何人かは、日本だけでなくアジアマーケットやグローバルでのアンバサダーとしての起用です。

日本マーケットだけでなく、アジア全体でアンバサダーを設けることもよく見られます。
その場合は、急速な経済成長を続けている中国の購買力を獲得するために、中国で人気のある中国籍の著名人と契約したり、他の国籍でも中国での知名度までを視野に入れて選出するケースも多く見られます。
グッチはウォッチ&ジュエリーのアジアアンバサダーに中国人歌手のChris Leeさんを、同じくグッチのファッションでは中国人俳優・歌手のLuHanさんや、セリーヌは韓国グループBLACKPINKでタイ国籍のリサさんを起用。ジュエリーではティファニーが中国人俳優・歌手のJackson Yeeさんを、化粧品ではボビイ ブラウンがEXOのKAIさんを、ディオールは、アメリカと韓国をルーツに持ちアジアでの知名度も高い水原希子さんをアジアのアンバサダーとして起用しました。
先ほどご紹介した山下智久さんや小松奈々さんも、日本だけでなく中国でもとても人気がある方です。


変化の背景にある二つの側面

この変化の理由には、以下の二つの側面が同時に作用していると考えられます。
● マーケティング的側面
● 社会的側面
それぞれ一つずつ見ていきましょう。

生活者とのコミュニケーションに重要な「親和性」

まずマーケティング的側面について。
ブランドがより地域ごとに生活者の行動を細分化してマーケティングを行うようになったというのが、一つの理由であると考えます。
ブランドは「憧れ」を醸成することによって生活者の欲求を獲得しています。以前はその「憧れ」が自分よりも遥か遠く、手に届かない場所にありました。ところが、あまりにも遠い存在は、自分ごと化しにくく、共感を呼びにくくなってきたのです。
そこで、ターゲットの生活者と同じ人種を起用することによってブランドイメージに自分を重ねやすくし、「自分ごと化し、共感できるコミュニケーション」へとシフトしていると考えられます。



これには情報収集の場としてSNSが台頭したことが大きな要因のひとつと言えるでしょう。遥か遠くの雲の上の存在だった著名人の存在は、以前に比べぐっと身近なものになりました。
インフルエンサーが訪れた場所に自分も訪れることができたり、インフルエンサーが日常生活や悩みなどについて発信することにより自分との共通点を見つけたり。
同時にSNSは、インフルエンサーとのダイレクトなコミュニケーションも可能にしました。インスタグラム やYouTubeのライブでメッセージを届けることができ、さらには回答をしてもらえることで、生活者が感じるインフルエンサーとの心理的距離が近くなりました。
生活者は共感できるインフルエンサーにより好意を抱くようになり、遥か遠い存在である人種の異なるセレブリティではなく、親和性を感じられる憧れの存在により好感を抱くようになりました。ブランドはその生活者心理に沿うように、方針を変えたと考えることができます。

社会課題意識の広がりによる「ダイバーシティ」への配慮

次に社会的側面について。
ビジュアルコミュニケーションは、一瞬で直感的に生活者の中にイメージを形成します。
「ダイバーシティ」いう言葉が浸透するに従い、このビジュアルにまずは人種としてのダイバーシティへの配慮が慎重に行われるようになり、そして近年では性別への配慮も表明するようになってきています。
本来「ダイバーシティ」には、表層的な国籍、人種、性別、年齢、障害の有無だけでなく、深層的な宗教や学歴や価値観といった幅広い要素を含みますが、まず表層的な人種や性別のダイバーシティを表現に反映させているようです。

外資ブランドの本国である欧米はさまざまな人種が共存しているため、どんな肌の色であっても対応できるものづくりを行っているということを表明することは大変重要です。
また、先ほど例に挙げたような、つい数年前までは見られることのなかった化粧品のコミュニケーションでの男性の起用が、急激に増えています。
ビジュアルで人種やジェンダーのダイバーシティを表現することは、あらゆる生活者が自分向けの製品を販売していると一瞬で伝えることに役立ちます。
逆の考え方をすると、クリエイティブから排除された人種の生活者は、そのブランドの製品を購入検討の選択肢に入れなくなってくることが考えられます。それだけでなく、ダイバーシティへの配慮のないブランドは差別的だという認識をされ、排除された人たちからだけでなく、当事者でない生活者にもネガティブなイメージを与えるリスクすらあるのです。

日本は欧米諸国に比べると人種が多様でないため、日本人向けのブランドのクリエイティブにアジア人以外の生活者が登場するケースはまだ多くありません。
しかしながら、日本も徐々に人種のダイバーシティが進んできています。それは海外から一時的に日本に来ている人、日本へ移住した人、そして日本以外の人種を親に持つ人たちです。
また、ジェンダーに関しては話題に上る機会が増え、同時に韓国アイドルの世界的流行の影響を受けて美しさの基準も大きく変化してきていると言えます。

長年変わることのなかったビジュアルコミュニケーションは、今まさに大きな変化の最中にあると言えるでしょう。
日本のブランドもダイバーシティに配慮したコミュニケーションを行うことを意識していくステージが訪れているのではないでしょうか。


■執筆: Sustainable Brand Journey 編集部

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