地方創生×サステナビリティ実現の秘策ー限界集落から世界規模のブランド戦略へ発展ー

石川県羽咋(はくい)市にある神子原(みこはら)という小さな町。
65歳以上が人口の半数を超える限界集落が、「わずかな可能性にも賭けてみる」精神と消費者心理を突いた戦略で世界的なブランドを確立した事例を紹介する。

神子原のブランド戦略を率いた高野誠鮮氏は、これまで誰も思いつかなかったアイディアを次々に実現させて町の活性化に成功した。

しかしながら、成功の本質はアイディアの奇抜さにあるのではない。

古い慣習や固定概念にとらわれた強固な反対意見や、山積した様々な課題に対して
「できない理由を探さない」「可能性を諦めない」という首尾一貫した行動理念こそが成功には必要不可欠なのだと教えてくれる。


わずか2%の賛成者しかいない出発点
必要なのは会議や企画書ではなく、すぐに行動に移せる人だと高野氏は言う。

高野氏が神子原地区の町おこしを考えたとき、集落最大の欠点として着目したのは農業そのもののシステムだ。
現行のシステムでは、自分たちが作った農作物に希望小売価格をつけられず、市場で勝手に決められてしまう。

農業を収益軌道にのせるためには、まずこの仕組みから逃れる必要があると気づいたのがスタート地点になった。
すなわち、生産、流通、加工、販売というサイクルを全て村民が担い、直売りにするという施策だ。

しかし、直売所の運営に賛成したのは、当初169世帯あった中でわずか3世帯のみだったという。高野氏はこの3世帯の新米をすべて預かり、高野氏自らが売ってみせることにした。
「田んぼにも入ったことがない人に米を売れるわけがない」と多くの批判と反対意見にも屈することなく高野氏が打ち出したブランド戦略とは―――。


可能性は1%もないでしょうか、と手紙を書くことからはじまった高野氏が着目したのは「人は自分以外の人が持っている物を欲しがる」という消費者心理だ。
グレース・ケリーが愛用したバッグが「ケリーバッグ」として世界中の女性の羨望の的となったように、高品質の米をブランド化するには、非常に影響力のある人に食べてもらおうと考えたのだ。
そこで高野氏は、天皇陛下、ローマ法王、アメリカ合衆国大統領という、本当に世界規模で影響力の強い3人を選び、すぐに実行に移した。
しかしながら宮内庁とホワイトハウスからは、むべもなく断られてしまう。

意気消沈しているところに届いたのはローマ法王庁大使館からの連絡だった。
高野氏が出した手紙には、単に「食べてください」とお願いするだけでなく「ローマ方法に召し上がっていただく可能性は1%もないでしょうか」と書いた。

それに対し、「神子原というのは、500人以下の小さな村ですね。バチカンは800人しかいない世界で一番小さい国です。私が小さな村と国の架け橋になりましょう」と快諾の返事が来たというのだ。

そこからはすごかった。なにしろ世界中で11億人の信者がいる。
「法皇様に献上されたお米はあるか」と、値段はいくらでもいいと富裕層からの電話注文も入り、高級米相当の値段がついた。

結局、約45トン(750俵相当)もの米が、電話だけで1ヶ月という短期間で売れてしまったという。さらに、農協では一等米が一俵13,000円のところ、神子原の米42,000円と3倍以上もの値段で売れたのだ。

ローマ法王に献上するという途方もないアイディアを思いついたとしても、「どうせダメだろう」と端から諦めてしまっていたら、この世界的なブランド米は誕生しなかっただろう。


ブランドを定着させるのは消費者
高野氏が「ブランド戦略の要」として重視するのは以下の点だ。
・生産者の都合ではなく、消費者の心理分析に基づき販売戦略を考える
・消費者ターゲットは、超高級志向や富裕層のロイヤルユーザーを想定する
・生産者が希望する販売価格をつけられる
・消費者と直結する流通ならびに販売網の開拓




農家と消費者が Win-Win に
神子原米が成功した次のステップは、農業所得の向上により人口減少を食い止めることだ。農業所得を向上させるために、会社の設立と直売所の経営に着手した。

最初はこちらも反対意見が噴出したが、実に45回もの会議を重ねて説得を行い、最終的に163世帯中131世帯が賛同し、合意をとりつけた。
賛同した農家が少額ずつを出資して、資本金300万円の「農業法人株式会社株式会社神子の里」が誕生した。
会社の販売所や倉庫などの施設は、農林水産省の補助を活用して市が建設し、会社が管理運営を行っている。社長からスタッフまで全員が地区住民で、移住者を含む 11 名が働いているという。

また、農家と都市部の大学生との交流事業を実施して賑わいを創出する一方、移住を推進する制度を用意して、若い世帯が集落に移住しやすい環境を整備するなど山村集落の活性化に継続的に取り組んでいる。



・地域を活性化する人材の活躍
・将来の農業を熱く語れる集落づくり
・農業が職業になる集落づくり
・消費者と農家のWin-Win な構想づくり


神子原地区を含めた羽咋市が目指す将来像はもっと大きく、さらに高いところにある。


可能性を無視しない、過小評価しない
予算がない。担い手が高齢者ばかり。古い固定概念に縛られている、等々。
地方創生に取り組もうとするとき、できない理由や不安材料はいくらでも見つかるはずだ。
むしろ好条件を見つける方が難しいかもしれない。

しかし嘆くばかりでは何年たっても状況は変わらない。むしろ悪化の一途をたどるばかりだろう。



失敗したらどうなるかということばかりを気にするマイナス思考の人はどの組織にもいるが、それは本気で現状を変えようとしていないことと同義だ。

・可能性を無視しない、自分のことを過小評価しない
・狭い経験と曖昧な知識によって全てを判断していないか考える
・ヒト・モノを「利用」ではなく、「活かして」いるかを考える


羽咋市が作成した『地域再生を担う人づくり情報交換会資料』に記載されている通り、
まずはやってみて、失敗したら、どうすればいいのかを考えるという姿勢は、地方創生に限らず、これからサステナブル・ブランディングに取り組もうとするすべての人にとって必要なマインドセットではないだろうか。


【参考サイト】

山村集落活性化計画「山彦計画」(石川県羽咋市)

地域再生を担う人づくり情報交換会資料


■執筆: Mami NAITO Sustainable Brand Journey 編集部
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